サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ワンアンドオンリー

【2014年 日本ダービー】名将へ運んだ唯一無二の幸せ

 2014年のダービーで栄光をつかみ取るまでに、JRAでの重賞勝利が89勝に到達していた橋口弘次郎調教師(16年2月に引退。重賞を通算96勝)。ただし、ダービーに関しては過去に19頭もを送り込みながら、ダンスインザダーク、ハーツクライ、リーチザクラウン、ローズキングダムによる2着が最高着順だった。競馬の祭典に参加できるチャンスは2世代を残すのみ。しかも、ついに宿願を運ぶこととなるワンアンドオンリーはハーツクライの産駒であり、父子2代に渡る夢も託されていた。名将は感慨深げに幸運な出会いを振り返る。

「ホースマンにとって、究極の目標がダービー。今度こそはと執念を燃やしているうちに、定年が近づいていた。すべてが噛み合わないと勝てないことは、嫌というほどわかっていたけれど、また新たな望みを抱いてチャレンジできたのは幸せだったよ。ハーツの期待馬だからって、オーナーから依頼されたのは当歳時。ぱっちりした瞳や流星など、顔つきがよく似ていてね。バランスも取れていて、垢抜けた雰囲気だった。4歳で有馬記念に勝つ以前は、押しても行けなかった父だけど、母系の特徴ともうまくマッチ。この仔はより軽々と動ける。仕上がりも早かった」

 母ヴァーチュ(その父タイキシャトル)はマイル以下で3勝をマークした。祖母の半弟にノーリーズン(皐月賞)、グレイトジャーニー(シンザン記念、ダービー卿CT)がいる。

 大山ヒルズでの乗り込みは順調に進み、2歳6月に栗東へ。だが、精神面には幼さが残っていた。8月の小倉(芝1800m)で迎えた新馬戦は12着に惨敗してしまう。

「馬っけを出し、蹴って、蹴って。初めての体験に緊張し、レースの前に燃え尽きていたよ。それでも、物覚えは早く、2戦目以降は気持ちをコントロールできた。調教は目立たないタイプとはいえ、きちんと集中できるようになり、ラストの伸びが変わってきてね。これならば、もしかしてと感じ始めたなぁ」

 阪神の芝1600mを2着し、中2週で臨んだ同条件を鮮やかに差し切った。萩ステークスもハナ差の2着まで迫る。

「東京スポーツ杯2歳S(6着)はもうひとつ伸び切れなかったけど、初の遠征、左回り、レコード決着と、慣れない条件が重なったなか、内容は悪くなかった。ラジオNIKKEI杯2歳Sも、周囲の評価(7番人気)以上に走れると見込んでいた。1番人気に推されたサトノアラジンとは前走でもアタマ差。また中身がしっかりしてきた実感もあったんだ」

 そして、みごとに初のタイトルを手にする。馬群を巧みにさばき、ラストで一気に差を広げる完勝である。

「ハーツも内弁慶なところがあって、普段は激しさを見せたが、鞍を着けたら堂々としたもの。根性が据わっていたよ。だんだん環境の変化に動じなくなり、父みたいになってきた。奥深い血を受け継いでいるだけに、伸びる余地も見込める。長めの離も大丈夫。晴れ舞台から逆算して、大切に仕上げられたね」

 弥生賞は抜群の末脚を繰り出し、わずかハナ差の2着。後方の位置取りが響き、4着に敗れた皐月賞でも、大外からメンバー最速の上がり(3ハロン34秒3)で追い上げた。

 いよいよ決戦のときがきた。前走を踏まえ、横山典弘騎手はスタートに集中。好位をキープする。内枠を生かし、ロスのないコース取り。多少、行きたがる面を見せても、余力は十分にあった。直線では2冠目を狙うイスラボニータの外へ持ち出し、長い追い比べが続いたが、馬も渾身のムチに応え、みごとにねじ伏せた。

「横山ジョッキーは感性で乗る男。いらぬことを言って邪魔したくなくて、レース前はなにも伝えなかったよ。並びかけたら、負けないという自信はあったけど、やはりダービーは格別。最高の喜びを味わえ、ワンアンドオンリーに感謝するしかない」

 秋シーズンは神戸新聞杯を制して好スタートを切る。待機策から3コーナーで外へ持ち出すと、勢い余って逃げ気味になるロスがありながら、早めに動いて4角で先頭へ。クビ差の辛勝だったとはいえ、ゴール前で差し返すミラクルなパフォーマンスだった。横山騎手も、こう愛馬を称える。

「こんなかたちになっても、最後に抜かせないあたりは大したもの。本来は使って良くなるタイプなのにね。無事に回ってこれただけで安堵した。いいリズムで次に向かえる」

 しかし、菊花賞(9着)を走り終え、闘志が燃え尽きてしまった。ドバイシーマクラシックで3着に健闘しながら、22連敗を重ねる。6歳時のジャパンC(16着)がラストランとなった。

 競走生活の後半は苦難の日々を送ったとはいえ、馬づくりのベテランにワンアンドオンリー(唯一無二の意)のプレゼントを届けた同馬。種牡馬入り後も苦戦が続き、現在は九州に移って供用されているが、血のドラマを継承する個性派が登場しないか秘かに願っている。