サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ワイドバッハ

【2014年 武蔵野ステークス】砂戦線に独創的な調べを奏でる天才コンポーザー

 アジュディミツオー(NARグランプリ年度代表馬2回)をはじめ、砂戦線に多数の強豪を送り出したアジュディケーティング。ワイドバッハは、派手なインパクトを残した晩年の傑作である。母は地方で4勝したグリーンヒルレッド(その父スキャン)。関東オークスで4着に健闘した実力馬だった。

「1歳の秋に出会ったころから、とてもやんちゃでしたね。集中力を欠きがちなのが課題でも、常に元気があり余っているくらい。健康的な馬でした」
 と、庄野靖志調教師は若駒当時を振り返る。

 2歳11月、京都のダート1200mでデビュー。出遅れながら、あっさり差し切りを決めた。4着、3着と着順を上げ、2月の京都(ダート1400m)で2勝目をマーク。ユニコーンSでも渋太く5着に食い下がった。

「調教は無理なく動け、仕上げに苦労はありませんでした。いかにも粗削りな状況なのに、大崩れしないのには感心させられましたよ」

 秋以降の4戦も掲示板を確保。1800m以上に目を向け、2着を2回続ける。リフレッシュ放牧後の3戦は人気を裏切ったものの、4歳夏の小倉(ダート1700m)で順当に勝利をつかんだ。

「しばらく歯がゆい思いをしたとはいえ、初戦より体重が40キロほど増え、どんどんたくましくなっていく。使い込むと疲れが出やすかった脚元も、すっきりした状況のまま。キャリアを積むごとに競馬を覚えてきましたしね」

 筋力アップに加え、終いの鋭さを増してきたことから、11月に再スタートすると、1400mに照準を絞る。ぐっと成績が安定。いきなり1000万クラスを卒業し、昇級2戦目の羅生門Sも快勝する。

 オープンでの勝利に6戦を要したが、うち5走が4着以内。7着に敗れたプロキオンSでも、上がり(35秒1)はメンバー中で最速だった。エルコンドルパサーメモリアルでのパフォーマンスは圧巻。豪快に突き抜け、後続にコンマ3秒の差を付ける。

「快活な性格は変わりませんが、だいぶどっしりし、大人っぽくなりましたよ。こちらも個性に合った調教方法を確立できました。体力の向上に見合った負荷をかけ、当週はテンションを上げすぎないように追い切れば、しっかり走ってくれる。じわじわと力を付け、ようやく完成の域に入ってきた実感がありました」

 最後方から直線一気に追い込み、武蔵野Sでは重賞初制覇を成し遂げた。ペースに恵まれたとはいえ、その破壊力は桁違い。レースの上がりを1秒4も凌ぐ決め手(3ハロン35秒7)を駆使している。

「エンジンがかかるのが遅めなだけに、いつもひやひやして見ていたのに、余裕の手応えで直線へ。これなら届くと思いましたよ。久々のマイルや相手強化をあっさり克服。夢はふくらむ一方でした」

 チャンピオンズCでも不利な展開のなか、断然の伸び(ラスト35秒4)で差を詰めた。翌年の根岸S(2着)も、大外を強襲して場内を沸かせる。

 しかし、以降の4戦は末脚が不発。さらに左前に屈腱炎を発症してしまい、1年のブランク。懸命の立て直しも実らず、復帰2戦で引退が決まった。

 独創的なメロディーを奏で、ファンに深い感銘を与えたワイドバッハ(馬名は音楽の父、バッハより)。中国に輸出され、種牡馬となった。ぜひ現地で競馬興隆の父となってほしい。