サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

モズアスコット

【2020年 フェブラリーステークス】競馬史に異色の足跡を刻んだ革新的な名マイラー

 国内のみならず、海外でも次々に栄光のゴールへと矢を放つ常勝ステーブルが矢作芳人厩舎。そのなかでも、安田記念に加え、ダートでもフェブラリーSを制したモズアスコットは、日本競馬の歴史に輝かしい足跡を刻んだ名マイラーである。

 G1での圧勝を無傷で重ね、史上最強と評されるフランケルのファーストクロップ。日本でも早速、期待通りに成果を上げ、同期のソウルスターリングが阪神JF、オークスに優勝した。母インディア(その父ヘネシー)はコティリオンBCHなど重賞を2勝。同馬の従兄姉にトゥオナーアンドサーヴ(ウッドワードSなど)、アンジェラレネ(シャンデリアS)と2頭のG1ウイナーが居並ぶ豪華なファミリーである。

「キーンランドのセール(セプテンバー・イヤリング)で見惚れた馬。血統的な魅力に違わず、筋肉量が豊富でルックスもすばらしい。通常なら高額まで競り上がるところですが、獣医検査の結果が芳しくなく、主取りになったんです。そこで、リスクは承知のうえ、直接、交渉することに。購買がかない、慎重にステップを踏むことができたのも、オーナーの理解があったからこそ。後の飛躍につながりましたね」
 と、矢作調教師は幸運な出会いを振り返る。

 OCD(飛節の離断性骨軟骨炎、簡単な手術で治癒し、競走に差し支える後遺症は残らない)に加え、種子骨にも負担がかかりやすかったため、細心の注意を払いながら、輸入後はシュウジデイファームでじっくり乗り進められる。牧場サイドの丁寧な取り組みが実り、3歳5月に栗東へ移動した。

「馬なりでも軽々と動け、もともと身体能力は優秀ですよ。猛々しくとも、オン・オフを賢く切り替えられ、性格も理想的。調整に苦労はありません」

 マイル向きのスタイルでも、ゆったり走れる条件でレースを覚えさせるべく、初戦は阪神の芝2000mへ。4着だったものの、後方より目を見張る末脚を駆使した。好位を立ち回れた芝1800mも4着だったが、中京の芝1600mを順当に勝ち上がる。

「DDSP(ノド鳴りの一種だが、喘鳴症とは異なり、身体の成長に伴って自然治癒する)の兆候があっても、ジョッキーは気にならないとのこと。ひと息入れた効果は絶大で、着々と体質が強化されました」

 リフレッシュ明けとなった阪神(芝1600m)を楽々と突き抜け、後続に3馬身半も差を広げる。1分32秒7の走破タイムは、オープンをも凌ぐ同開催での最速だった。断然人気に応え、三鷹特別、渡月橋Sも危なげなく連勝で出世街道を駆け上がっていく。

「キャリアが浅いのにセンスが良く、文句なしの強さ。6、7分の仕上げで再始動させただけに、まだまだ上積みが見込めました」
 初めて挑んだ重賞の阪神Cは4着。阪急杯(2着)、マイラーズC(2着)、安土城S(2着)と勝ち切れなかったが、陣営は翌週の安田記念へのチャレンジを決断した。

 9番人気(単勝15・7倍)の伏兵として臨んだ頂上決戦。リズム重視で中団で脚をため、直線はインから抜け出すタイミングを図った。坂上でスペースが開くと即座に対応。メンバー中で最速タイとなる3ハロン33秒3の鋭さを駆使し、混戦にピリオドを打った。

「これまでの重賞でも敗因はつかんでいて、力負けではないとの自負がありました。前週の追い切りが終わった時点で、安田記念までに状態を上げきれないのではないかと懸念しましたが、オン・オフがしっかり付き、連闘も容易。異例のローテーションで臨んだからこそ、勝てたのでしょう。デビューして、まだ1年経っていません。改めて、すごい馬だと感じましたよ」

 スワンS(ハナ差の2着から始動した秋シーズンだったが、マイルCS(13着)、香港マイル(7着)と案外な結果。翌年のスワンSでハナ差の2着に反撃したものの、無念の8連敗を喫する。

 パワーも兼備した個性だけに、6歳シーズンはダートに目を向け、根岸Sへ。出遅れを跳ね除け、鮮やかに差し切る。そして、プラン通り、フェブラリーSに挑んだ。好スタートを切ると中団の内目をロスなく立ち回り、ハイラップで流れたなかでも抜群の手応えで直線へ。レースのラスト3ハロンを1秒1も凌ぐ末脚(35秒4)で突き抜ける。1番人気(単勝2・8倍)にふさわしい堂々たるパフォーマンス。2着を2馬身半も置き去りにした。

「年を重ね、適性が変わってきた印象があり、時計がかかる芝やダートが最適。状態アップが著しかったうえ、芝スタートの1600mと条件も好転しましたからね。自信はありましたが、そのぶん、なんとしても結果を残さなければと緊張しました。道中の位置取りはイメージ通り。外へ出せば必ず伸びると思っていましたよ。ダートでも非凡な才能を発揮し、二刀流のチャンピオンに。こんな感激を味わえるなんて、調教師冥利に尽きます」

 しかし、高松宮記念は13着、かしわ記念も6着に敗退。秋緒戦の南部杯を2着したが、武蔵野S(7着)、チャンピオンズC(5着)と歩んだところで引退が決まった。持ち乗りで担当した玉井俊峰調教助手は、こう感慨深げに健闘を称える。

「脚元にウイークポイントがあり、暴れたら手に負えない激しい性格にも気を遣いましたね。いくら経験を重ねても、これがベストの対処だって確信は持てないもの。もっと能力を引き出せたのではないかとの思いも残っていますよ。その一方、人が悩んでいたら、馬へもストレスをかけてしまいます。穏やかな気分で接し、リラックスさせてあげる大切さを学びました。巡り会いに感謝するしかありません」

 種牡馬としてもファウストラーゼン(弥生賞ディープインパクト記念)を送り出し、評価を高めた。高速ターフだけでなく、タフな砂戦線へも逸材を送り出すに違いない。