サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
モズアトラクション
【2019年 エルムステークス】地道なチャレンジが結実した渾身のパフォーマンス
HBAサマーセール(1歳)にて910万円で落札されたモズアトラクション。父は長きに亘って存在感を示したジャングルポケット。芝向きの遺伝子であり、母エーシンラクーリエ(その父コロナドズクエスト)もマイル以下のターフで2勝したスピードタイプだった。だが、本馬の半兄にあたるエイシンナセルもJRAのダートを3勝を挙げたうえ、地方で9勝している。
「父のイメージを受け継ぎ、すらりとしたスタイル。仕上がりは早いと見て、北海道シリーズを目指すプランもあったのですが、ソエが出て断念しました。2歳の暮れに入厩できたとはいえ、動きが頼りなくて。トモの緩さが響き、スタートダッシュも苦手なんです」
と、松下武士調教師は若駒当時を振り返る。
京都の芝2000m(5着)でデビュー。以降も前半で置かれながら追い上げてくるのだが、長めのターフを10走しても勝ち切れない。ここで未勝利戦は終了。しかし、阪神の1000万クラスに1頭のみエントリー可能なダート1800mがあった。思い切って投票すると、レースの上がりを1秒5も凌ぐ末脚(3ハロン36秒9)を炸裂させて4着に健闘。一気に展望が開けた。
「フットワーク自体は硬めですが、一瞬の鋭さで勝負できない個性だけに、試す価値はあるのかなと。成長が遅めななか、ようやく伸びるタイミングに差しかかってきた実感もありましたしね。それにしても、想像をはるかに超えた走り。それは驚きましたよ」
新潟、中京と500万下をあっさり連勝。4歳シーズン緒戦の京都(ダート1900m)では、これまでより早めに進出し、3馬身も差を広げた。
「馬場入りからゲート裏まで過敏な面が目立っても、馬のリズムを崩さなければ折り合いが付き、乗り難しいわけではない。徐々に不器用な面も改善されてきましたね」
金蹄Sは5着に敗れたものの、前が止まらない馬場状態に加え、流れもスロー。窮屈なスペースをさばいて差を詰め、昇級緒戦で通用するメドを立てた。大外一気に甲南Sを突き抜ける。
名古屋大賞典を4着したものの、依然として砂を被って気にしたり、まだ若さが残る現状。レースを覚えていく途上にあった。以降の3戦も差し脚が届かず、御陵S(10着)ではコーナーでハミが利かず、調教再審査の制裁を受ける。
苦境を跳ね返し、雅Sに勝利。アルデバランS(6着)、仁川S(11着)と展開に泣いたが、平安Sで2着に前進。いよいよ重賞制覇が見えてきた。広いコース向きかと思わせながら、大沼S(4着)、マリーンS(クビ差の2着)と、函館の小回りでも適性を示す。
そして、札幌のエルムSへ。ここでも後方で脚を温存するスタイルを貫いたが、勝負どころで巧みにインをさばく。2着に1馬身半の差を広げ、悠然とゴールに飛び込んだ。
「地道に経験を積み、様々な条件に対応できる柔軟性が加わりました。外見は線が細いのに、コンスタントに使っても疲れた様子などなく、飼い食いが落ちません。ダート巧者らしい筋肉が備わり、体重もじわじわ増加傾向に。調教での力強さを増していきましたよ」
砂戦線の追い込みタイプといえば、トレーナーが安田伊佐夫厩舎で調教助手を務めていた当時、愛情を注いだメイショウトウコンのことが思い起こされる。芝から転じて出世した歩みも似ているが、「あの馬よりも芯が強い。さらに奥深い個性」と評価し、さらなる前進を期していた。
だが、6歳時のアンタレスS(10着)を走り終え、屈腱炎に見舞われる。それでも、仁川S(3着)で見せ場をつくり、復調を気配にあった矢先、放牧先で疝痛のショックによる胃破裂を発症し、あっさりとこの世を去ってしまった。
アトラクション(人を引き付けるもの)との名前通り、わくわくするパフォーマンスは同馬ならでは。冥福を祈るとともに、いつもでも勇姿を目に焼き付けておきたいと思う。