サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
モーリス
【2015年 安田記念】一気に駆け上った最初の頂
HBAトレーニングセールに上場され、公開調教では2ハロン21秒8の一番時計をマークしたモーリス。ノーザンファームが1000万円で落札した。
ジャパンCを制したスクリーンヒーローのファーストクロップ。母メジロフランシス(その父カーネギー)は未勝利に終わったが、祖母メジロモントレーがアルゼンチン共和国杯、アメリカJCCなど重賞を4勝した女傑であり、メジロボサツ、メジロゲツコウ、メジロドーベルなどが近親に名を連ねる名門・メジロ牧場が大切に育てたファミリーである。全弟のルーカス(東京スポーツ杯2歳Sを2着)も非凡な才納を垣間見せた。
早くから鍛えられていただけあって、2歳時から頭角を現し、京都の芝1400mをレコード勝ち。京王杯2歳S(6着)を経て、万両賞も楽々と突破する。折り合い面に難しさを抱えながら、シンザン記念(5着)、スプリングS(4着)、京都新聞杯(7着)、白百合S(4着)と、トップクラスを相手にしても崩れなかった。
8か月間、大切に充電期間を割かれ、美浦の堀宣行厩舎に転厩。8歳にして生涯最高の強さを発揮したキンシャサノキセキ(高松宮記念2回)に象徴されるように、長期的な未来図を描き、プロらしい仕事を施してきた陣営の英知が注がれ、一気の快進撃が始まった。若潮賞、スピカS、さらにダービー卿CTを連勝。破格の決め手を発揮し始める。
操縦性に安定味が加わり、好位追走がかなった安田記念。満を持してゴーサインを送り、堂々と先頭へ。ヴァンセンヌの強襲をクビ差で退け、初のG1挑戦で高みに登り詰める。堀調教師は、こう静かに喜びを噛み締めた。
「スタートが苦手な原因は把握できていて、その対処に心を砕いた成果です。それでも、背腰の痛みをしっかり取らないと、いいパフォーマンスができない特徴があり、調整のさじ加減に難しさがあって。じわじわと良いほうへ向かっているとはいえ、まだまだ課題の解消に努めていく必要があるでしょう」
慎重に状態を見極め、マイルCSへ。ライアン・ムーア騎手のアクションに応え、あっさり抜け出す。香港マイルも鮮やかな差し切り。5歳春はチャンピオンズマイルを快勝して、マイルでの王座を確固たるものとした。安田記念(2着)や札幌記念(2着)で苦い惜敗を喫したとはいえ、2000mへ守備範囲を広げられる手応えも十分。国内でのラストランと公言された天皇賞・秋に臨む。早めにスパートしながら堂々と先頭に躍り出て、1馬身半の差を保ったまま、栄光のゴールを駆け抜けた。
「安田記念時は帰国後に競馬学校を経て、東京競馬場での仕上げ。体調が本物ではありませんでした。札幌記念も函館競馬場での調整。久々にホームの美浦でじっくり腰を据え、ここに目標を定めることができました。馬はずいぶん成長しています。特に気性的な進歩が大きい。2000mでタイトルを狙うにあたって、燃えすぎる面のコントロールがポイントでしたが、馬の後ろで我慢させたり、4分の3馬身差をキープしてラップを刻ませたりといったメニューを繰り返し、馬がすっかり受け入れてくれた。日常の人との関係でも、スムーズに意思が通じます」
と、待ち望んでいた勝利にトレーナーは安堵の笑みを浮かべた。
引退レースとなったのが香港C。ゲートで後手を踏んだものの、直線でインをさばいて猛追を開始する。あっさり突き抜け、2着に3馬身差を広げ、6つ目となるG1制覇を成し遂げた。
「香港の到着時にしぼんで見えた体も、直前の追い切り後、ぐんとボリュームアップ。驚くべき回復力に助けてもらいました。依然として、やり残していることがたくさんあるように感じていても、すばらしいパフォーマンスで締めくくれ、馬に感謝するしかありません。ライアン・ムーア騎手は、騎乗技術が卓越しているだけでなく、他のジョッキーの癖を把握していたり、情報分析にも長けています。しかも、年々、感性が研ぎ澄まされつつありますので、安心して任せられましたよ。牧場や厩舎のスタッフも一所懸命に力を尽くしてくれました。誇らしく思います」
社台スタリオンステーションで種牡馬入り。ピクシーナイト(スプリンターズS)、ジェラルディーナ(エリザベス女王杯)、ジャックドール(大阪杯)、アドマイヤズーム(朝日杯FS)をはじめ、続々とスターホースを輩出している。世界の頂を目指し、さらに高く羽ばたく逸材の登場を期待したい。