サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ニホンピロアワーズ
【2012年 ジャパンカップダート】スピードとパワーを兼備した物静かなファイター
2012年のジャパンCダートは6番人気に甘んじていたとはいえ、直線に入っても追い出しを待つ余裕があり、後続に3馬身半差を付ける圧勝劇を演じたニホンピロアワーズ。大橋勇樹調教師は、開業9年目にして初となるG1制覇を飾った。満足そうな笑みを浮かべながら、こう喜びを噛みしめる。
「大目標にベストの状態で臨めたことが一番の勝因だね。JRA主催の重賞は未勝利だったけど、ちょっと仕掛けが早かったぶん、負けていただけ。追い出しのタイミング次第で通用すると信じていた。それにしても鮮やかだったし、タイムもレースレコード(1分48秒8)。想像以上の進歩に驚かされたよ」
鞍上の酒井学騎手にとっても初のG1優勝。幅広いカテゴリーに一流馬を送り出しているホワイトマズルの産駒だが、JRAのダート重賞に勝ったのは初めてだった。
母のニホンピロルピナス(その父アドマイヤベガ)は未勝利に終わったが、大橋調教師のもとで走った愛着深い繁殖。曾祖母ミルカレントはフジキセキなどを送り出したミルレーサーの半妹であり、その産駒にはニホンピロニール(6勝)やニホンピロファイブ(大橋厩舎で5勝)もいる繁栄しているファミリーである。
「当歳で初めて見たときでも、立派なスタイルだった。ただ、全体にネジが締まっていない感じで、歩様は頼りなくて。もともと晩生と見ていたよ。弯膝(わんしつ。ヒザ被りと呼ばれ、膝が軸より前方へ出ている肢勢)なので負担がかかりやすく、脚元の心配も付きまとったしね」
新冠のハントバレートレーニングファームでの育成はじっくりと進められた。栗東に移動したのは2歳の12月に入ってからである。ただし、思いのほか、その後の調整はスムーズ。ゲートも機敏に反応し、あっという間に試験をクリアする。
「粗削りな段階でも動きは良かったが、自信を深めたのは実戦を目にしてから。普段はのんびりしていて、手がかからない。無駄なところでエネルギーを消耗しないし、気持ちの切り替えが上手なんだ。装鞍やパドックではやる気がないように見えても、ジョッキーが跨ればきっちり戦闘態勢に。すっと好位に付けられるし、展開に左右されないのが長所。コース形態も問わない」
京都のダート1800mで初陣を迎えると、12番人気の低評価を覆し、いきなり3着に逃げ粘った。次開催の同条件を2着すると、ソエに配慮して3か月の休養。5月の京都、ダート1800mでは順当に初勝利を収める。城崎特別(3着)を経て、7月の阪神(ダート1800m)では後続に7馬身差を付ける独走を演じた。
「スピード勝負も、パワー比べでも大丈夫。あの日は大雨で水が浮いた不良だったが、過酷な舞台だと余計に燃えるみたい。当時も緩さが目立ち、上積みは大いに見込めたよ」
昇級初戦の響灘特別も簡単に突破。再度のリフレッシュ休養後はさらにたくましさを増し、京都ロイヤルプレミアム(2着)と堺Sの2戦で準オープンを卒業した。腰に筋肉痛を発症してしまい、半年間のブランクを経ても、降級すれば力が違う。復帰2戦目の天橋立Sを順当に勝ち上がり、祇園Sも連勝する。
以降は重賞に的を絞って11走。名古屋グランプリ、名古屋大賞典、白山大賞典を制したうえ、1コーナーで挟まれた11年JCダート(9着)を除けば、掲示板を外していない。
「夏場や厳寒期は無理をさせないよう、大事に使ってきた。新馬のころと比べたら、50キロも体重が増え、見違えるようなボリュームに。骨格にふさわしい筋肉が備わりつつあり、だいぶ張りが出てきたね。それでいて、芝でもやれそうなバネを兼ね備えている」
6歳シーズンは平安Sを制し、アンタレスSや帝王賞を2着。久々となったJCダートは5着だったものの、東京大賞典で3着に前進した。翌年も東海S、ダイオライト記念と勝利を重ねる。8歳になり、同馬らしさが薄れたとはいえ、ラストランとなった名古屋グランプリも2着に健闘した。
レックススタッドで種牡馬入り。産駒は稀少だが、ミステリーベルン(地方重賞のフローラルC、金沢シンデレラC)、ニホンピロスクーロ(4勝)、シゲルホサヤク(4勝)、ニホンピロハーバー(3勝)などが活躍している。新たなスターの登場が楽しみでならない。