サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ストロングリターン

【2012年 安田記念】狙い定めた舞台で放った強烈なリターンエース

 5月26日の遅生まれながら、2歳9月に入厩した時点でも卓越した身体能力を誇っていたストロングリターン。デビュー前より豪快なフットワークは目を見張るものがあった。

  雄大な馬体は、父シンボリクリスエスより受け継がれたもの。アメリカで6勝をマークし、G1・マザリンBCSでも2着したコートアウト(その父スマートストライク)が母である。ダイワマックワン(5勝、地方7勝)は同馬の半兄。弟妹にブレイクチャンス(4勝)、ウィケットキーパー(4勝)、レッドオーヴァル(3勝、桜花賞2着)、コートシャルマン(3勝)がいる。

 10月の東京(芝1600m)で迎えた初陣は、同じ父を持つサンカルロ(後に阪神C2回など重賞4勝、高松宮記念の2着が2回)のスマッシュに屈してクビ差の2着だったものの、出遅れて最後方を追走しながら、レースの上がりを1秒2も凌ぐ33秒8の決め手を爆発させている。2戦目の同条件を順当に勝ち上がった。

 しかし、ラジオNIKKEI賞(3着)までの8戦では2勝を挙げたのみ。いかにも粗削りであり、ゲートや折り合いに危うさが残っていた。勝つべき位置を取れない弱みに泣かされる。

「口向きの硬さが付きまとい、コントロールには悩まされましたよ。とてもパワフルですので、人の力ではなかなか修正できません。ただ、こういうタイプは、より一層、精神面に細心の注意を払わないと。いったん悪いほうへ曲げてしまえば、取り返しがつかなくなりますから。加えて、破壊力が桁違いだけに、脚元への負担も大きい。もともと左トモの種子骨がウイークポイント。それが、どうしてももたれる原因ですし、かばうことで右前にも負担がかかりやすいんです。心身の見極めや鍛え方に慎重さを求められました」

 と、当時の状況について、堀宣行調教師は振り返る。きつい気性ゆえ、なかなか疲れを表面に出さない反面、体を緩めると立ち直るのに時間がかかるのも特徴である。5か月の休養を挟み、3歳秋シーズンはアプローズ賞(6着)を走っただけで再度の放牧へ。4歳になって体力の強化は目覚ましく、テレビ山梨杯、東京クラウンプレミアムと連勝を飾る。エプソムC(6着)も最速タイの上がりを繰り出し、勝ち馬とはコンマ2秒差。だが、左後肢に裂蹄を発症してしまい、結局、8か月間のブランクを経る。

「十分な余力がないまま、ラジオNIKKEI賞やエプソムCに挑んでしまったことで、結果的に遠回りした思いがあります。そんななかでも、試練を乗り越えてくれた馬に感謝するしかありません」

 雲雀Sで復帰。発馬のタイミングが合わず、ハナ差の2着に終わったが、フットワークの硬さも目立ず、フレッシュな態勢が整っていた。東日本大震災があり、阪神への遠征を余儀なくされた難波Sで5勝目。人と馬との絆が深まり、力みがちな傾向も薄れていく。

 そして、初の重賞優勝を飾った5歳時の京王杯SCへ。スムーズなスタートから中団の馬群で脚をため、手応え良く直線に向く。それでも、ペースはスローに流れ、先行したシルポート(ハナ差の2着)やジョーカブチーノ(3着)はなかなか止らない。しかも、いったんは包まれるシーンも。そんな苦境を跳ね除け、ラストで切れに切れた。きっちり交わしたところがゴールだった。鞍上に抜擢された石橋脩騎手は、こう安堵の笑みを浮かべる。

「返し馬の感触で、これならかかる心配はないと判断しました。外が伸びない馬場状態に配慮し、ロスを少なくして運べましたし、ちょうどいいタイミングで前が開いてくれた。坂を上がってからが勝負だと、先生とも相談していたんです。あせらずに追い出すことができましたよ」

 3コーナーで窮屈になるシーンがありながら、初挑戦のG1(安田記念)でもクビ差の2着。ただし、想像以上に反動は大きく、秋に1戦(富士Sを4着)しか消化できなかった。軽い骨折が見つかったこともあり、翌春は2戦に的を絞っての出走。京王杯SC(4着)より始動する。

 同ステーブルらしい取り組みのひとつが、ジョッキーとのマッチングに気を配る点。前走に続き、安田記念でも福永祐一騎手に手綱が託された。京王杯では左へ切れ込み、ステッキを入れられないほどだったが、美浦に駆け付けて追い切りよりコンタクトを図っていた。レースは前半から流れ、前半1000mの通過が56秒3。ハイラップを刻む先行勢を気にせず、じっくり脚をためた。ラスト33秒8の鋭さで、直線は外から馬群をひと飲みにする。タイムは1分31秒3のレコード。かかわる人たちの願いがひとつに集約されたことが、鮮やかなリターンエースにつながった。

「期するものがあった一戦。前走がうまく乗れなかったので、結果を出せて本当にうれしい。追えば伸びる手応えがあったし、外へ出すタイミングもぴたりと合った。先頭に立つと気を抜く面があるけど、馬のリズムを確かめながら楽に押し切れたよ。完璧だったと思う」(福永騎手)

 6歳にして堂々と頂点を極めたストロングリターン。鬼門の秋は毎日王冠(7着)、マイルCS(8着)の2戦で切り上げ、3度目の安田記念に照準を定めていたが、古傷の左トモに骨折が判明し、結局、態勢は整わなかった。

 種牡馬としてはJRAの重賞レベルに達した産駒を輩出できず、2023年シーズンを終えると社台ブルーグラスファームにて功労馬となり、静かに余生を送っている。ストロングなリターンエースを決めた勇姿は健在。いつまでも幸せにと願わずにいられない。