サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ソングオブウインド

【2006年 菊花賞】秋の陣風が奏でた美しき旋律

 ときに淋しさを、ときに勇気の意味も込められて、多くの文学表現に用いられる「風」。村上春樹氏の「風の歌を聴け」やボブ・ディランの「風に吹かれて」を思い起こさせる馬名を持つサラブレッドもいる。2006年の菊花賞を制したソングオブウインドのことだ。

 アンデスに伝わる名曲「コンドルは飛んでいく」から名付けられたエルコンドルパサーの産駒。ジャパンCで国内の頂点を極めたうえ、凱旋門賞を2着して世界にその名を轟かせた。3年間の供用のみで急逝した父にとって最後の世代にあたり、ターフで唯一のG1優勝を成し遂げたのが同馬である。

 母メモリアルサマー(その父サンデーサイレンス)は2勝をマークした。祖母の半姉にダイナシュート(七夕賞)らがいる一流のファミリー。社台サラブレッドクラブにて総額2200万円で募集された。

 ダート巧者も輩出した父らしく、3歳1月に京都のダート1800mでデビュー。2着、3着、3着、2着と勝ち切れなかったものの、4月の中山(ダート1800m)を順当に差し切った。ここでターフを試し、京都(1800m)で2着に好走。武幸四郎騎手(現調教師)は、改めて非凡な能力を感じ取っていた。

「未完成な部分に配慮してダートを使ってきましたが、勝った馬(マーメイドSに優勝するソリッドプラチナム)とは回った内外の差だけ。初めての芝にかかり気味だったのに、追ってからの反応がすばらしい。この路線で決め手を生かしていけますね」

 手応え十分に夏木立賞を抜け出すと、ラジオNIKKEI賞(2着)も大外から鋭く脚を伸ばす。騎乗した田中勝春騎手は、「外へもたれなければ、勝っていたかも」と唇を噛んだ。

 夏場のリフレッシュを経て、さらに中身が充実。スタート後に接触し、前半で行きたがる誤算がありながら、神戸新聞杯は3着。早め先頭から渋太く食い下がり、次の長丁場につながるスタミナを示した。

 菊花賞は単勝44・2倍の8番人気。それでも、武幸四郎騎手は密かに一発を狙っていた。前走を踏まえ、思い切った後方待機。3コーナーから外へ導き、進出を開始する。ラスト3ハロン(33秒5)は、レースの上がりを2秒1も凌ぐ圧倒的な鋭さ。きっちりと交わし去り、栄光のゴールへと飛び込んだ。

「道中はリラックスさせ、折り合いを付けることに専念しました。終いに賭けましたが、結構、速いペースで流れ、結果的に理想的なポジション。4コーナーの感触で、これなら交わせると思い、自信を持って追い出せましたよ。まだ夢のよう。ピンとこないけれど、重みのある一戦に勝てて、とにかく興奮しています」
 と、殊勲のジョッキーは喜びを爆発させた。

 父と同様、世界に目を向け、暮れには香港ヴァーズ(4着)に挑む。ところが、レース中に右前の浅屈腱を損傷。あまりに早すぎるリタイアだった。

 一陣の風の如く、競走生活を駆け抜けたソングオブウインド。2014年には種牡馬を引退して、静かに余生を送っている。ただし、奏でた名曲はファンの胸にしっかりと届けられた。いまでもたびたびリフレインされ、勇気や希望を与え続けている。