サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ジュエラー

【2016年 桜花賞】桜色に閃光を放つ高貴なジュエル

 皐月賞、有馬記念で国内の頂点を極め、日本馬として初となるドバイワールドCの栄冠を勝ち取ったヴィクトワールピサ。ファーストクロップから登場したクラシックホースがジュエラーだった。

 母バルドウィナ(その父ピストレブルー)は、芝2100の仏G3・ペネロープ賞を制した名牝。藤岡健一厩舎にとっては宝物のような血脈であり、同馬の姉兄にワンカラット(フィリーズレビューなど重賞4勝)、サンシャイン(愛知杯を2着)、トップアート(2勝)らがいる。

「魅力的な繁殖ですよ。父親の個性をストレートに伝える傾向にあり、みな体型が異なるのですが、この仔は初めて見た1歳時でも、とても伸びやか。馬格にも恵まれましたしね。社台ファームでスムーズに育成。ただし、2歳7月に入厩させたころは弱さを抱えていて、球節が浮腫みやすくて。いったん放牧を挟み、じっくり仕上げたんです」
 と、藤岡調教師はジュエラーの若駒当時を振り返る。

 11月の京都(芝1800m)でデビュー。出脚が付かずに後方を追走していたが、直線は目が覚めるような鋭さを発揮する。ゴールに向けて11秒9、11秒7、11秒3と加速する流れを楽に突き抜け、2馬身半も差を広げた。

「最終追い切りになって、ようやく反応が上向いてきた段階。初戦向きとは思えなかった。牝らしく実戦でピリっとし、想像を超えた強さ。驚きましたよ。それでいて、気性面に影響されてスプリント指向が強まったワンカラットと違い、折り合いの不安もありません。キャリアが浅く、競馬を覚えていく途上にあって、しっかり決め手を生かせたのが心強かった」

 一気にハードルを上げ、シンザン記念へ。2着に敗れたものの、スタートで挟まれて置かれながら、わずかクビ差まで猛追する。レースのラスト3ハロンを1秒5も上回る34秒5の末脚は、他を圧倒していた。

「プラス10キロの体重は成長分。さらに筋肉が備わり、調教も楽に動けるようになりました。それでも、まだまだ緩さを残し、芯が入り切っていなかった目指す桜花賞でも、十分に太刀打ちできると自信を深めましたね」

 その一方で、強力なライバルが出現。新馬、紅梅Sと連勝を飾ったシンハライトである。チューリップ賞(2着)では1番人気(単勝2・0倍)に推されながら、同馬に先着を許した。ただし、いったん前へ出ながら、首の上げ下げのタイミングにより、着差はハナ。悔しさをぐっとこらえ、陣営は本番に向けて渾身の仕上げを施す。

 さらに、阪神JF、クイーンCと完勝したメジャーエンブレムが加わり、桜花賞は単勝5・0倍の3番人気に甘んじた。しかも、スタートで位置を下げ、後方から2番手の追走。直線勝負に賭け、ためられるだけ脚を温存する。そこから、驚異の逆転劇が。ラスト3ハロンは33秒0の豪脚を爆発させた。前走に続き、ゴール前までシンハライトとの熾烈な追い比べ。ここでも、わずか2センチ差ではあったが、みごとに栄冠をつかみ取った。

 ミルコ・デムーロ騎手が「一番勝ちたかったのが桜花賞。これまで2回乗って、2着、2着だったから」と声を弾ませれば、トレーナーも感無量の表情。こう静かに口を開いた。

「周りが『勝っている』って握手を求めてきても、写真判定の結果が出るまで、どきどきして。馴染みの阪神(父の清さんが橋田俊三厩舎の厩務員であり、師は競馬場の厩舎地区で育った)で、この華やかなレースに勝つのが夢でした。ものすごくうれしい、その一言です」

 ところが、その後の調整過程で左前を剥離骨折していることが判明。オークスを断念し、秋に備えた。道悪が堪え、ローズSは11着。秋華賞もポジションの差が響き、4着に終わった。

 しばらく筋肉痛に悩まされ、山元トレセンでの立て直しが図られたものの、今度は左後肢を骨折してしまう。結局、復帰を果たせなかった。

 早すぎる引退が惜しまれるが、非凡なポテンシャルはきっと次世代へと伝わる。ヴェールランス(現3勝)は産駒の初出走にして新馬勝ちを飾った。ジュエラー(宝石職人の意味)との名にふさわしく、輝かしい素材を量産するに違いない。