サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

シュヴァルグラン

【2016年 アルゼンチン共和国杯】偉大な足跡を刻んだ愛すべき駿馬

 友道康夫調教師にとって、ハルーワスウィート(その父マキアヴェリアン)はかけがえのない繁殖である。友道厩舎で走り、通算5勝をマーク。尻尾がない独特の容姿で人気を集めた。その半弟がフレールジャック(ラジオNIKKEI賞)、マーティンボロ(中日新聞杯、新潟記念)。シングスピール、ラーイらの名種牡馬を産んだグローリアスソングに連なる母系である。

 産駒のヴィルシーナ(ヴィクトリアマイル2回、G1の2着が4回)、ヴィブロス(秋華賞、ドバイターフ)も輝かしい成果を収めたが、「偉大な馬」(フランス語でシュヴァルグラン)との名にふさわしい国内最上の栄光を運んだのがシュヴァルグラン。有馬記念やドバイシーマクラシックを制したハーツクライが配されて誕生した。初対面した当時の印象をトレーナーはこう振り返る。

「調教師になり、最初に預託が決まったのがハルーワスイート。うちの厩舎があるのは、偉大な母のおかげです。思い出がたくさん詰まっているだけに、この仔も生まれてすぐに会いにいきました。とても伸びやかで柔軟。ゆったり走れる長めの条件が合うだろうと想像しましたね。ハルちゃんの仔たちは個性が様々。種牡馬の特長を生かす傾向があります。この父らしい成長力にも期待していました」

 ノーザンファーム早来で順調に育成され、2歳夏には函館競馬場でゲート試験をパス。栗東へ移動後もスムーズに態勢が整った。
「早くから優等生だったヴィルシーナとは違い、きつい気性の持ち主です。精神面を傷付けないよう、ソフトな仕上げでデビュー戦へ。それでも、前向きに動け、調整に苦労はなかったですよ」

 9月の阪神(芝2000m)で迎えたデビュー戦は2着だったが、鋭く伸びてクビ差に迫る。続く京都の同距離を楽勝。京都2歳S(3着)、エリカ賞(3着)と惜敗したものの、ペースが不向き。後方の位置取りが響いた結果だった。

「むしろ跨ったほうが落ち着くくらい。折り合いを欠くこともなく、鞍上の指示に従順です。オン・オフの切り替えが上手なあたりは姉と共通していますね。ただ、年明けに挫跖してしまって。それでリズムが狂ってしまったんです」

 毎日杯(5着)、京都新聞杯(8着)と不本意な戦いが続いたことで、しっかりとリフレッシュ。8月の札幌(芝2000m)は、故障馬のあおりを受けながら、後にステイヤーズSに勝つアルバートの2着。阪神と京都の芝2400mを連勝すると、オリオンSも楽に突き抜けた。

 日経新春杯(2着)を経て、阪神大賞典では初のタイトルを奪取。
天皇賞・春も3着に食い下がる。宝塚記念は9着に終わったものの、
秋初戦のアルゼンチン共和国杯を順当勝ち。1コーナーまで力んだとはいえ、十分に我慢が利き、好位をスムーズに追走すると、直線の決め手比べを難なく制する。

「あの当時になって、ずいぶんトモの緩さが解消。ぐんと力強くなったんです。精神的にも余裕が出て、コントロールが容易に。ラストまで旺盛な闘争心を燃やし、安定した伸び脚を駆使できるようになりましたよ。それでも、もともと晩生と見ていた馬。まだ下見でちゃかちゃかしたり、子供っぽさが目立ちましたからね。良くなる余地をたっぷり見込んでいました」

 4歳時のジャパンCも3着に健闘。だが、有馬記念(6着)、阪神大賞典(2着)、天皇賞・春(2着)、宝塚記念(8着)、京都大賞典(3着)と、あと一歩に迫りながらも勝利の女神は微笑まなかった。

 5歳時のジャパンCはキタサンブラックが中心視され、5番人気(13・3倍)に甘んじる。ただし、友道調教師は「春シーズンの疲れが残っていた前年と違い、完璧な状態」との確信を得ていた。好位で流れに乗り、力強く抜け出す。2着のレイデオロにコンマ2秒差を付ける完勝だった。

「水曜の調教で初めてヒュー・ボウマン騎手に乗ってもらい、その日の午後はVTRを振り返りながら一緒に作戦を立てたんです。馬はパーフェクトだと感触をつかんでもらえ、あとは枠順だと話し合ったのですが、当日、ジョッキーに会ったら、第一声が『ラッキー』とのこと。絶好枠(1番)を喜んでいましたね。あとは任せるだけでした。キタサンブラック(3着)がハナヘ行くと想像していましたし、作戦通りの3、4番手。直線で上がってくるのを見て、力が入りましたよ。ゴール前50mくらいまで差が詰まらなかったとはいえ、そこからぐっと伸び、これならと安堵しました。1年の前の写真と見比べてもらえばわかるように、体付きが大人になり、シャープなラインになっています。ハルーワスイートの産駒では3頭目のG1ウイナー。佐々木主浩オーナーは男馬でG1に勝つのが初めてです。オーナーにも、馬にも感謝の気持ちで一杯ですね」

 結局、これが最後の勝ち鞍となったが、以降も果敢にG1に挑む。有馬記念(3着が2回)、天皇賞・春(2着)、ジャパンC(4着)、ドバイシーマC(2着)などでの好プレーが忘れられない。

 キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(6着)、インターナショナルS(8着)へも駒を進めたうえ、7歳時の有馬記念(6着)がラストラン。ブリーダーズスタリオンステーションにて種牡馬入りした。産地の人気は上々である。ますます一族の名を高めていくことだろう。