サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

アドマイヤコマンド

【2008年 青葉賞】天賦の才で勝ち取った芳しき勲章

 セレクトセール(05年当歳)にて、4100万円で落札されたアドマイヤコマンド。内国産として51年ぶりとなるリーディングサイアーを獲得し、一時代を築いたアグネスタキオンの産駒であり、母トコア(その父カーネギー)は3勝をマークした。祖母の半兄にリンドシェーバー(朝日杯3歳S)が名を連ねるファミリーである。

 管理したのは橋田満調教師。定年を迎えるまで、JRA重賞を63勝(G1を11勝)した名トレーナーも、「いまでもよく覚えていますよ。セールの下見でも歩きが柔らかく、いい雰囲気でした」と振り返る。

 ただし、国内で最高の素材が取り引きされる場である。1億円以上の値が付いた馬が7頭もいたなか、金額的には54番目(同額が8頭)。生まれながらの超エリートというわけでもない。ノーザンファームで育成される過程でも、乗り味の良さは評判になったものの、なかなか体質の弱さが解消しなかった。

「入厩のタイミングとしては、ぎりぎりまで待ちましたね。新馬戦が組まれているうちに、なんとかデビューさせたかった」

 3歳2月、ようやく栗東へ移動した。レースまで1か月。きめ細かな仕上げを施す橋田厩舎としては、まだ手探りの状況でのスタートだったが、いざ実戦となれば、師の想像をはるかに超える走りを見せる。阪神の芝1800mは、後続を7馬身も突き放す圧勝劇だった。騎乗した川田将雅騎手も、驚きの表情を浮かべる。

「返し馬ではかかりそうな感触でしたが、意外とふわふわ。仕掛けてもすっと反応しなかったのに、いったん加速が付けば、しっかりしたフォームで走りますね。あれでも、ゴール前では気を抜いていました。いかにも若く、トモの甘さも残る段階です。すごい馬に育つかも」

 確かなポテンシャルを感じ取った陣営は、重賞の毎日杯への挑戦を決断する。キャリア1戦の若駒が、中1週での参戦。常識的には厳しい条件だった。しかも、待ち受けていたのがディープスカイ。この一戦をきっかけに本格化し、NHKマイル、ダービーとG1を連勝することとなる。2馬身半差の2着に敗退した。

 勝ちタイムは1分46秒0。前走とは違った緩みのないペースを克服して、時計を2秒4も詰めたあたりは、やはりただ者ではないと思わせた。そのうえ、「直線で前が壁になり、スムーズにさばけなかった。瞬時に動けないタイプなので、何度もブレーキをかけるかたち」(川田騎手)。ゴール前で外へ持ち出せた後の伸び脚は、注目すべきものだった。

「2戦を消化しても、心配したほどダメージはなかった。無理なく時計を出し始めましたよ。重賞を2着したことによる賞金加算は大きい。ダービーという目標ができましたからね。本当はもっと時間がほしいかったのですが、青葉賞への挑戦を決めました」(橋田師)
 確実にダービーへの切符を手にしようと、川田騎手はすっと好位に導く。インで折り合い、手応え十分に直線へ。スローからの瞬発力比べとなったなか、開いたスペースを一気に突き抜け、セフティーリードを保ったままでゴールした。

 ダービーでは前が詰まる不利もあり、7着に終わった。秋以降の飛躍が予感されたが、神戸新聞杯を目指す過程で左前に浅屈腱炎を発症してしまう。

 1年8か月ものブランクを経て、戦列に復帰。しかし、イレ込みがちな精神状態が災いし、なかなか軌道に乗らない。都大路Sを2着したところで、再び脚元が悲鳴を上げた。さらに1年5か月の沈黙。以降も勝利から遠ざかる。

 8歳になり、ジャンプレースへ転向。いきなり中京の障害未勝利を差し切った。青葉賞から5年ぶりの勝利である。だが、長期休養を挟んでもカムバックは果たせなかった。

 それでも、青葉のころに演じたパフォーマンスは、強烈なインパクトを放ち続けている。いつまでも語り継ぎたい天才肌だった。