サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
シンゲン
【2010年 オールカマー】幾多の苦難に打ち勝った猛々しき武将
馬術で培った見識を生かし、入念な仕上げを施すことで知られる戸田博文調教師。インターバルを挟みながらの3ラウンド制が厩舎の基本手法であり、連日、個々の状態に合わせ、バリエーション豊かなメニューが実践されている。
息長く活躍させるのがステーブルの持ち味。度重なる骨折を乗り越えて3つのタイトルを奪取したシンゲンも、チームカラーにマッチした個性派だった。
父はホワイトマズル。自身の競走時代と同様、産駒の成績は浮き沈みが激しい傾向にあっても、ダンシングブレーヴの後継だけに大舞台で強さを発揮する。母ニフティハート(その父サンデーサイレンス)は、未勝利に終わったものの、祖母が関屋記念やセントウルSを制したニフティニース。同馬の半弟に目黒記念3着のヤングアットハート(6勝)がいる。
2歳12月、中山(芝2000m)で迎えた新馬は、レース中にトモの異常を感じたジョッキーが追わずにゴールしたため、大差の15着に敗れてしまったシンゲン。大切に立て直しが図られ、翌夏の函館(芝2000m)ではいきなりアタマ差の2着に食い下がった。続く同条件を順当に逃げ切ったが、勝負のタイミングは先と見て、半年間のリフレッシュ休養へ。4歳2月の東京(芝2400m)、甲斐駒特別と、一気の連勝劇を演じた。
だが、依然として心身ともに完成途上。もたれる面を見せ、晩春Sは6着に終わる。5か月半の沈黙を経て、復帰2戦目の立冬特別を勝ち上がり、軌道に乗ったと思われた矢先、ウェルカムS(10着)でヒザに剥離骨折を発症してしまう。5歳10月のテレビ静岡賞(1着)で復活を遂げるまで、11か月も実戦より遠ざかった。
中日新聞杯はスムーズさを欠きながら、コンマ2秒差の6着。いよいよピークの態勢が整いつつあった。白富士Sをあっさり抜け出し、新潟大賞典も3馬身差の楽勝。イレ込みがちなのは相変わらずでも、折り合いに進境を示し、鋭く末脚を駆使できるようになった。
エプソムCのパフォーマンスも圧巻だった。中団でじっくりと追い出しのタイミングを待ち、ラスト3ハロンはメンバー中で最速となる34秒2。みごとに重賞2勝目を飾った。秋緒戦のオールカマーは3着だったとはいえ、内容は上々。初のG1、天皇賞・秋でも5着に食い込む。
ところが、再度の骨折に見舞われる。また1年近くのブランク。しかし、辛い雌伏の時期を乗り越え、7歳時のオールカマーに臨むと、いきなり非凡な勝負根性を爆発させた。抑え切れないほどの手応えで直線に向き、狭いインを割る。接戦をクビ差だけ凌ぎ、歓喜のゴールに飛び込んだ。
「仕上がりは良かったし、思い描いた通り、インでロスのない競馬ができた。昨年もドリームジャーニー(2着)とは接戦を演じていたが、休養が長かったぶん、今回は分が悪いと思っていたのに。大したものだね。故障が多い不運なところがあるから、あとは無事にと願うばかりだよ」
と、パートナーの藤田伸二騎手も最大限の賛辞を送った。
以降も骨折や腱炎に泣かされ、結局、天下統一の夢は果たせなかった。それでも、我慢強く11歳時の新潟大賞典(12着)まで現役を続行。群雄割拠のターフを勇敢に戦い抜いた姿は、いまでも目に焼き付いている。