サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

サンテミリオン

【2010年 フローラステークス】父の後を追って加速したG1への花道

 2006年の開業以来、優秀な勝ち上がり率をキープしている古賀慎明調教師。中身が濃い戦績のなかでも、ひと際、輝きを放つのがサンテミリオンによるオークスの勲章である。

「いままで味わったことがない感覚でしたね。こんなことが起こるんだという驚きに震えました。喜び半分どころか、2倍でしたよ」

 厩舎初となるG1優勝が、JRA史上でも例がなかった1着同着。判定写真を引き伸ばす作業が繰り返され、着順が確定するまでに13分も要した。

「クラシックとなれば、そう簡単には勝てません。壁の厚さを再認識させられる長い時間でした。調教師となる前は、藤沢和雄厩舎の調教助手として多くの勝利に立ち会えましたが、それはたくさんの敗戦もあったうえのこと。開業後、アサヒライジング(アメリカンオークス、秋華賞、ヴィクトリアマイルを2着)であと一歩、及ばなかった過去もありますから」

 息苦しいほどの静寂より解き放たれた途端、サンテミリオン陣営だけでなく、優勝を分け合ったアパパネにかかわる人たちの笑顔も目の前に広がった。

「なにか運命的なものを感じますよ。タイトルをプレゼントしてくれたのは、助手時代に携わったゼンノロブロイの子供であるサンテミリオン。しかも、社台ファームの生産馬ですし、一方のアパパネも縁があるノーザンファーム出身です。私にとっての原点は、『社台ファーム空港牧場』。現在のノーザンファーム空港なんです」

 父である古賀一隆調教師の後を追い、厩社会に入ったかたちのトレーナー。ただし、麻布獣医科大学に進学し、獣医師の免許を取得しているように、別の立場でサラブレッドと関わる道も考えていた。ホースマンとしての原点は、卒業後に研修した牧場にあると振り返る。

「競馬学校へ入学する年齢制限が近付き、1年間しかお世話になれなかったのですが、この世界の奥深さを痛感しましたね。一頭の馬には、いかにたくさんの思いが詰め込まれていることか。改めて、競馬の最前線で働くことのすばらしさにも気付かされました」

 ゼンノロブロイ(3歳2月のデビュー)のイメージに導かれ、大切に育てられたサンテミリオン。年明けの中山、芝2000mで新馬勝ちを果たす。1馬身半差の2着に続いたのが、セントライト記念に勝つクォークスターだった。若竹賞も楽に抜け出し、2馬身半差の快勝。フラワーカップこそ位置取りの差で3着に敗れたものの、もともと陣営に桜花賞へのこだわりはなかった。

 3戦2勝で青葉賞(1着)に臨み、ダービーで2着した父の後を追うように、オークストライアルのフローラSで重賞初制覇を成し遂げる。すっと2番手をキープすると、ぎりぎりまで追い出しを我慢し、あっさり振り切る強い内容だった。

「落とせないと見ていた一戦。控えめな攻めで臨み、あっさり勝てました。本番への自信を深めましたね。そして、オークスでは、いったん牝馬3冠を達成する強敵に交わされながら、抜群の勝負根性で盛り返し。父と同様、完成されるのは古馬となってからと想像していたとはいえ、デビューからわずか半年間で、頂点まで駆け登ってしまった。しかも、雨が降ったタフな馬場での健闘です。しっかり疲れを癒し、成長曲線を崩さないように配慮したつもりでも、以降は心身のリズムが狂ってしまって。すいぶん歯がゆい思いもしましたが、たくさんのことを学びましたよ。それをこの先の馬づくりに生かしていかないと」

 秋華賞(18着)ではゲートで扉に頭をぶつける不運が。懸命な立て直しも実らず、復活の勝利を上げられないまま、6歳時のアメリカJCC(11着)を最後に繁殖入りした。

 いまのところ、JRAで勝ち上がった産駒はイヴニングスター(現1勝)のみだが、同馬の母モテック(その父ラストタイクーン)はフランス生まれで、G3・フロール賞の優勝馬。母の半弟にレコンダイト(5勝、目黒記念2着)は叔父にあたる。祖母シュダカもG3のクレオパトル賞を制した底力に富んだ血脈だけに、繁殖としても、そろそろ大物を誕生させても不思議はない。