サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

サンアディユ

【2007年 アイビスサマーダッシュ】さようならは言わないで

 3歳4月、阪神のダート1400m(4着)でデビューしたサンアディユ。当時はソエを抱え、いかにも粗削りだったが、休養を挟んだ3戦目の同条件ではスムーズにハナを奪い、初勝利をマークする。さらに半年間のリフレッシュを経て、翌春に2勝目。夏場より見違えるスピードを発揮し、貴船Sまで3連勝を飾った。だが、一本調子な脚質が災いし、オープンでの2戦は惨敗してしまう。

 アイビスサマーダッシュで初の芝へ。単勝77・1倍の13番人気に甘んじていたものの、衝撃的なパフォーマンスを演じる。スタートでは痛恨の出遅れ。もまれ弱く、ハナを切れないともろかっただけに、万事休すと思われた。だが、2ハロン目に9秒9のラップが刻まれた電撃戦の後半に差しかかると、ぐっとハミを取り、他を圧する勢いで伸びる。スムーズに馬群を割った。ラスト3ハロンを32秒9でまとめ、2着のナカヤマパラダイスに半馬身差。堂々たる内容だった。

 初めて跨った村田一誠騎手も、驚きの表情を浮かべた。
「途中からいいリズムに乗れた。返し馬でも高い能力が伝わってきたけど、芝で通用するかどうかは半信半疑。まさかこんな楽に勝てるなんて」

 父はフレンチデピュティ。クロフネやノボジャックといったダートの強豪だけでなく、エイシンデピュティ、アドマイヤジュピタ、ピンクカメオ、レジネッタなどターフでのG1ウイナーも輩出している。母はアイルランド生まれのシェリーザ(その父カーリアン、不出走)。祖母のシャラヤが仏G1・ヴェルメイユ賞を制した名牝である。性格的にスプリンター色が強い同馬であるが、近親にターフランナーも多く、こなして不思議のない下地はあったのだ。

 本来の活躍の場を見出せ、一気に展望が拓けた。北九州記念は激流に巻き込まれ、7着に終わったが、セントウルSを圧勝。かかり気味に2番手を進みながら、ラストで後続を突き放し、5馬身もの差を付けた。サマースプリントシリーズのチャンピオンに輝く。

 スプリンターズSは不良馬場で行われたが、苦にしないパワーも兼備。前走の低評価(11番人気)を覆し、1番人気(単勝3・6倍)に推された。果敢に逃げたアストンマーチャンを捕えられなかったとはいえ、コンマ1秒差の2着に食い下がる。誰もが認める実力派の地位を固めた。

 次のターゲットは京阪杯。別定のG3となり、牝には過酷な57キロの斤量を課せられたが、ここは負けられない舞台だった。逃げ馬を見ながらリズムに乗り、あとは追い出しのタイミングを図るだけ。半馬身差ではあったが、まったく危なげない勝利だった。

 初めて跨った武豊騎手も、こう能力を絶賛した。
「ゲートで横にもたれていたけど、問題なく好スタートを切れたからね。落ち着いた流れでも、スムーズに折り合えた。手応えどおりの伸びだったよ。夏を境にぐんと力を付け、いよいよ完成の域に入ってきた。来春のG1でも期待できる」

 ところが、これが最後の勝利となる。6歳シーズンはオーシャンS(16着)より始動したが、ゲート内でじっとせず、大きく出遅れ。隣の馬が扉を蹴った音に恐怖心を感じたのが原因だった。栗東に帰厩後も平静を取り戻せず、翌日の馬房内で心不全を発症。あっけなくこの世を去ってしまった。

 歴代の名スプリンターと比べても、遜色のないポテンシャルを秘めていたのは疑いようのないところ。あまりに早すぎる別れだった。フランス語で「さようならは言わないで」との馬名が悲しく思われるのだが、いまでも関係者の、そして、ファンの胸のなかで、サンアディユは疾走を続けている。