サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
サクラオリオン
【2009年 函館記念】北天に光彩を放つ夏のオリオン
「鍛えて奥があってね。脚元に難しさがあり、完成されるのに時間がかかったぶん、重賞に手が届いたときの喜びは忘れられない」
と、池江泰郎調教師が振り返るのはサクラオリオンのこと。同期のステーブルメイトには名将の最高傑作であるディープインパクトもいて、その歩みは大いに異なるが、たくさんの思い出が詰め込まれた一頭である。
3世代しか産駒を残せなかったものの、ヴァーミリアン、ソングオブウインド、アロンダイトといったG1ウイナーを送り出したエルコンドルパサーが父。母サクラセクレテーム(その父ダンチヒ)は未出走だが、その半兄に名種牡馬のゴーンウェストがいる良血だ。同馬の半兄がホッカイドウ競馬で重賞2勝をマークしたサクラハーン。もともと大成が期待された逸材だった。
2歳6月には函館競馬場に入厩し、札幌でのデビューを目指したが、当時は体質が弱く、いったん放牧へ。デビューは年明けの3月にずれ込む。使われながら調子を上げ、3戦目の京都(芝2200m)を鮮やかに差し切った。しかし、脚部への反動は大きく、1年2か月ものブランクを経る。
4歳シーズンはあと一歩で未勝利。5歳2月の小倉城特別でようやく2勝目をマークした。紫野特別も順調に突破。以降は翌夏のポプラSまで連敗を重ねたが、小倉の博多Sを2着、3着と2年連続で好走しているように、平坦小回り向きの特性がはっきりしてきた。
オープンの壁は厚く、福島記念(7着)、中京記念(10着)、白富士S(6着)と良績を残せず、7歳時の中京記念では単勝56・8倍の15番人気に甘んじることとなる。ところが、これまでとは道中の手応えが違った。直線で満を持して追い出されると、計ったように抜け出して栄光のゴールを決めた。
「当週の追い切りでの反応に不満があり、前日にもウッドコースで時計を出すように指示。そうしたら、ぐっと気合いが乗り、ラストは鋭い伸び。硬く映りがちなフットワークもしなやかさを増してきたんだ」
常識では危険な賭けだったが、ぎりぎりのタイミングまでしっかり負荷をかけるのが池江流。究極の仕上げが勝因といえた。だが、全力を尽くした反動は大きく、新潟大賞典(13着)、金鯱賞(13着)と後方のままで終わる。
巴賞でクビ+クビ差の3着に反撃。この年は函館競馬場の改修に伴い、札幌での代替開催だった。同場を得意とするサクラオリオンだけでなく、夏の主戦場を現地に定める陣営にとっても、これは好都合。涼しい環境ですっかり立ち直り、調教の動きも一変する。函館記念では、大外枠でもロスなくインに潜り込み、コーナーから無理なく進出。瞬時に馬群をさばき、直線で豪快に突き抜けた。
狙い通りに2つ目の勲章をつかみ取り、秋山真一郎騎手も満足げに笑みを浮かべる。
「前半は思ったよりもエンジンがかからず、苦しい位置取りでした。勝負どころでも囲まれて心配しましたね。でも、ここしかないというスペースを抜けられ、4コーナーで外目に持ち出せたのが大きかった。最後も手前が替わらず、内へもたれましたが、勢いが違いましたよ。札幌の洋芝はぴったりですし、中京記念と同様、いいときに乗せてもらった結果。最高の状態に仕上げてくれた厩舎サイドに感謝するしかありません」
続く札幌記念も、ヤマニンキングリーやブエナビスタを相手にコンマ1秒差の3着まで追い上げる。徐々に燃え盛る闘志が薄れてしまい、翌年11月の福島記念(14着)まで敗戦を重ねたが、中身の濃い競走生活だった。
種牡馬としてもカイザーメランジェ(函館スプリントS)を送り出し、2024年シーズンの終了後は生まれ故郷の新和牧場に移って功労馬として過ごしているサクラオリオン。長い旅路の末に放った光彩は、いまでも色褪せない。