サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
アドマイヤキッス
【2006年 チューリップ賞】Kiss in blue heaven
5歳時の京都牝馬Sで1年2か月ぶりとなる勝利を収めながら、右前肢を骨折する不運に見舞われたアドマイヤキッス。療養中に疝痛を起こして暴れ、安楽死の処置が取られた。悲劇的な最期ではあったが、牝馬3冠ですべて1番人気に推されたスターホース。多くのファンに愛された。
父は日本競馬を一変させたサンデーサイレンス。母キッスパシオン(その父ジェイドロバリー、3勝)は、札幌3歳Sを2着した。同馬の半弟にパッションダンス(新潟大賞典2回、新潟記念)がいる。セレクトセール(当歳)にて6200万円で落札された。
ノーザンファームでの育成時も、素軽い動きが評判。2歳6月には栗東へ移動。阪神の芝1600m(コンマ1秒差の2着)に続き、札幌の芝1800m(ハナ差の2着)でも断然人気を裏切ったとはいえ、安定した伸び脚を駆使する。同条件の未勝利を5馬身差で突破すると、クラシックを見据え、翌春までゆっくり成長を促した。
半年ぶりにもかかわらず、チューリップ賞に優勝。2着のシェルズレイとはクビ差だったとはいえ、後方から大外を回って鮮やかな差し切り。決め手の違いは歴然だった。
「期待通りに体が成長(プラス18キロ)。広いところへ持ち出せ、のびのび走れたのが良かった。跳びが大きいからね。それにしても能力が違ったなぁ」
と、松田博資調教師は満足げに笑みを浮かべる。これが初騎乗だった武豊騎手も素質を絶賛した。
「返し馬で素質の高さを確信したけど、実戦へいったら一段とすばらしかった。強い馬ですよ。少し振られる場面もあったが、道中の折り合いは完璧。早く仕掛けすぎたかと心配したが、最後まで伸び脚が鈍らなかったもの」
しかし、クラシックはほろ苦い結果に終わる。いったん先頭をうかがいながら、桜花賞はキストゥヘヴンの強襲に屈して2着。オークスも伸び切れず、カワカミプリンセスの4着に終わった。
即座にスイッチが入り、調教でも常に全力を尽くす個性。夏の充電期間を経て、時計を出し始めたのは9月に入ってからだが、ローズSに臨んだ際も、馬体はすっきり仕上がっていた。先行勢が止まらない流れとなり、一時は勝負が決したかと思われる決定的な差が開いたものの、目を見張る瞬発力を駆使し、ラスト1ハロンで大逆転を演じる。
「動くに動けないポジションにいて、マイペースに徹したが、直線もうまくインに進路ができたからね。ゴーサインを出したら、文句なしの反応。もともと才能は超一流。順当な勝利じゃないかな」(武豊騎手)
秋華賞は無念の4着。メンバー中で最速タイの上がり(34秒4)で追い上げても、後方の位置取りに泣いた。早めに動く戦法で挑んだエリザベス女王杯も、5着に敗退した。
愛知杯を快勝し、鬱憤を晴らしたものの、以降もなかなか脚の使いどころが噛み合わない。翌年の愛知杯(3着)まで7連敗。それでも、ヴィクトリアマイル(7着)を除き、常に掲示板を確保する。中身が濃い競走生活だった。
ラストランまで少女の面影を残しながら、懸命にファイトを燃やしたアドマイヤキッス。甘く切ないキッスの余韻が、いまでも心を締め付ける。