サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

コパノリッキー

【2017年 東京大賞典】闘魂を込めて守り通したチャンピオンの座

 7歳になっても旺盛な闘志はまったく衰えず、チャンピオンの座を守り通したコパノリッキー。引退レースとなった東京大賞典を悠々と逃げ切り、有終の美を飾った。村山明調教師は、名馬と過ごした幸福な期間を感慨深げに振り返る。

「本来の力を出し切れれば、最高のかたちで締めくくれると信じていましたが、これまで以上に緊張して見守っていたんです。期待に応えることができ、ほっとしましたよ。そんななか、レース前の馬房でも、リッキーは落ち着いていて、『何を心配しているんだ』って語りかけているよう。それでいて、ゲートインしたら、のんびりした気分がきちんと切り替わり、一生懸命に走ってくれる。こんな名馬を手がけられ、多くのことを学びましたね。巡り合いに感謝するしかありません」

 砂戦線に多数の活躍馬を輩出しているゴールドアリュールが父。母はダートで3勝したコパノニキータ(その父ティンバーカントリー)である。同馬の半弟にあたるコパノチャーリー(7勝、地方2勝)もオープンで活躍した。

「2歳春に育成先の小国ステーブルで初対面したときはターフランナーのようなスタイル。手脚が長くて華奢でしたね。成長力は想像以上。だんだん筋肉が付き、緩さが目立たなくなり、2歳11月に入厩した当初でも、やればいくらでも動きそうな雰囲気がありました」

 実質の時計2本で臨んだ12月のデビュー戦(阪神のダート1800m)は、不利もあって8着に終わったものの、一戦のみの経験ですべきことを自覚。京都のダート1800mに臨むと、2番手から抜け出してワンサイド勝ち。続く東京(ダート1400m)でも5馬身差の楽勝を収める。

「騎乗したクリストフ・ルメール騎手は『ただつかまっていただけ。ニュー・カネヒキリだね』と絶賛していました。これほど急に秘めたポテンシャルが表面に出てくるとは。あの当時はソエが出かかっていましたが、それもすっかり解消。体力的に余裕があり、調整は楽でしたよ。驚くべき大食漢ですので、気を遣うのは太りすぎくらいでした」

 ヒヤシンスS(3着)はハイペースに巻き込まれたのが敗因。中団の位置取りとなりながら、伏竜Sを快勝する。ベストウォーリア(南部杯2回、G1の2着が4回)に6馬身も差を広げ、兵庫チャンピオンシップで初のタイトルを奪取。粒ぞろいの世代にあって、早くも断然の力を誇示した。
「右前のヒザを剥離骨折してしまい、半年間のブランク。きれいに骨片を除去し、患部は完治した状況にありましたが、霜月S(10着)、フェアウェルS(9着)とまったく動けませんでしたからね。いつか変わると信じていても、まさかフェブラリーSで最高の結果が出るなんて。復帰当時は夏バテした影響が残り、息の入りが良くなかった。再び故障させないよう、控えめな攻めで送り出したんです。徐々に負荷を強め、本来の懸命な姿勢を取り戻しつつある感触は得ていました」

 単勝272・1倍の最低人気を覆し、早くも頂点を極める。しかも、ゲートでそわそわしたり、砂を被って嫌がったりする若さが残っていた状況。かしわ記念では出遅れてしまったものの、外を回して差し切り、後続に2馬身差。前走がフロックでないことを証明した。

 4歳時はJBCクラシックにも優勝。東海S、フェブラリーSと連勝で突き進む。ここで左ヒザに骨折を発症したが、JBCクラシックで復活の勝利。その後の敗戦を糧に自在性を増し、かしわ記念、帝王賞、南部杯と3連勝を達成する。

 ラストシーズンを迎え、さらに進化を遂げ、かしわ記念、南部杯を勝ち切る。JBCスプリントはアタマ差の2着、チャンピオンズCもクビ+クビ差の3着に健闘。幾たびも苦境を乗り越え、日本調教馬として最多となるG1(Jpn1を含む)を11勝という金字塔を打ち立てた。

 種牡馬としても人気は上々。アームズレイン(根岸S2着)、コパノヴィンセント(兵庫ジュニアGP2着)、テーオーパスワード(伏竜S、ケンタッキーダービー5着)らを輩出した。いずれ真面目な性格やタフな体質を受け継いだタイトルホルダーが登場するに違いない。