サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
グロリアスノア
【2010年 根岸ステークス】荒波の航路に虹をかける勇壮な方舟
2012年に静かにムチを置いた小林慎一郎騎手(現在は調教助手)。中尾謙太郎厩舎よりデビューし、初年度は14勝を挙げた。だが、翌年以降は勝ち鞍が減り続け、4年目以降はひと桁に低迷。中尾師の引退(04年)に伴い、昆貢厩舎を経て、フリーとなる。
「あの年はついに0勝。もうやめようと、何度も思いましたね。翌年に矢作芳人厩舎の一員になれたことが転機となりました。明るく、仕事熱心な人たちに囲まれ、やる気がわいてきましたよ」
と、小林さんは振り返る。
すばらしい馬との巡り会いもあった。それがグロリアスノア。
「なんとしても結果がほしい正念場に、あきらめかけていた夢を運んでくれたのがノアでした。2歳の秋に初めて跨った瞬間から、感じさせるものがありましたし、スタッフと一丸になってつくり上げた過程もあり、思い入れは格別。かつては気性が荒々しく、何度も落とされましたよ。狭いところが嫌いで、ゲートにも苦労。でも、勝負根性がすごく、馬群を突いたら手応え以上の勢いで伸びるんです」
父はエンドスウィープの後継であり、砂巧者を輩出するプリサイスエンド。同馬は堂々の代表格となる。地味なファミリーだが、母ラヴロバリー(その父ジェイドロバリー、不出走)の半姉に、カガミアスカ(4勝、函館2歳Sを2着したトーホウアスカの母)、カガミレール(4勝)らがいる。
11月の東京(ダート1400m)で、出遅れながら新馬勝ち。4か月の休養後も枠内で立ち上がる若さを見せ、若葉Sでは16着に惨敗したものの、続く500万下(東京のダート1600m)を楽勝する。ユニコーンSも2着に健闘。ジャパンダートダービー(4着)へも駒を進めた。
田中勝春騎手に乗り替わったレパードSは4コーナーで躓き、9着に敗れる。だが、小林騎手とのコンビに戻ったエニフSを2馬身差の完勝。充実の4歳シーズンにつなげた。
筋肉痛による休養明けとなった根岸S。単勝45・9倍の人気薄ではあったが、いきなり持ち前の勝負根性が爆発した。中団追走から手応え以上の伸びを見せる。熾烈な2着争いを尻目に、コンマ2秒差を付けてゴールに飛び込んだ。
「騎手人生11年目にして、初めて経験する重賞勝ち。唯一の勲章となりました。久々の不安もありましたが、担当の池田さん(康宏厩務員)が他馬の出走のために競馬場へ出向いた後でも、夜遅くまでレーザー治療を繰り返す姿を見て、恥ずかしい騎乗はできないと心に誓っていましたよ。当週の追い切りに跨ったときは、負荷をかけすぎないように注意しながらも、『がんばれ、がんばれ』と声をかけてぎりぎりのラインまで攻め、本来の走りを取り戻しつつある実感も得ていましたからね。馬に感謝するしかありません」
勢いに乗り、フェブラリーS(5着)に挑んだだけでなく、ドバイのゴドルフィン・マイルへ遠征。世界の大舞台で4着と健闘し、人馬ともにその存在を大きくアピールした。
「現地に着いてからも飼い葉をもりもり食べ、状態は絶好。調教で走った感触から、初めてのコースもこなせると思っていましたよ。積極的に攻めていったんです。でも、さすがに厳しいレース。内から外から体当たりされ、『オーイ、入れてくれ』って叫びながら、道中は進みました。結果は残念でしたが、馬は精一杯がんばった。ほんと貴重な経験です」
帰国後は安田記念(16着)、プロキオンS(9着)と結果が出なかったが、秋緒戦の武蔵野Sを差し切る。同レースでは戸崎圭太騎手に、地方から移籍後の重賞初勝利をプレゼント。再び小林騎手で、JCダートに臨み、クビ差の2着に迫った。
さらなる前進が必至と思われたグロリアスノアだったが、美浦へ転厩した直後、左前と右後肢に屈腱炎を発症。2年7か月ものブランクを経る。プロキオンS(16着)、ポルックスS(15着)とキャリアを重ねた後、引退が決定した。
産駒はごく稀であり、JRAで未勝利だとはいえ、地方の勝ち上がり率は抜群。小林さんも、秘かに奇跡の大逆転を願っている。