サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
クレスコグランド
【2011年 京都新聞杯】底知れないポテンシャルを秘めた純真な少年
2021年2月に定年を迎えるまで、JRA通算690勝(重賞を49勝)を積み重ねた石坂正調教師。数々のスターホースを育てたなか、クレスコグランドも忘れられない一頭だと振り返る。
「10戦して3勝のみに終わったが、G1級のポテンシャルの持ち主だった。父はタニノギムレット。性格面の難しさが課題となる産駒が多く、ファーストクロップのウオッカ(ジャパンカップ、ダービーなどG1を7勝)以来、トップクラスを送り出せなかったが、あの仔はおっとりした気性でね。飼い葉をよく食べるし、仕上げに苦労はなかった。実戦でもかかることがなく、馬群に入っても平静を保てたよ。しかも、母系の良さがマッチして、とても伸びやかなんだ」
母マンハッタンフィズ(その父サンデーサイレンス、1勝)は、菊花賞、有馬記念、天皇賞・春を制したマンハッタンカフェの全妹。同馬の半姉にコロンバスサークル(5勝)、アプリコットフィズ(クイーンC、クイーンS)がいる。半弟にあたるダービーフィズも函館記念など5勝をマーク。魅力的なファミリーである。
「初めて見たのは、生まれて1、2か月くらい経ったころ。血統は頭にあったから、栗毛だったのに驚いた。両親とも鹿毛だし、黒い馬が多い一族なのに。でも、腹周りがすっきりした胴長の体型は、ファミリーに共通するものだね。スマートすぎるのが気がかりで、社台ファームでの育成時代もペースを落としてふっくらさせるように努めたこともあったが、やはり当初のラインに戻ってしまう。それでも、常に健康状態は安定。トラブルもなく、淡々と調教を積んでいた」
栗東にやってきたのは、2歳の11月。環境が変わってものんびりした気分のままで、ゲート試験は「普通の倍は時間がかかった」。調教の動きも平凡に映ったが、年明けの京都(芝2000m)でデビューすると、力強く2着に食い込む。2戦目は出遅れが響いて7着に終わったが、ラストの伸びは目立っていた。続く阪神を2着した後、3月の阪神、芝2200mを勝ち上がった。不得手な道悪を克服し、ムーニーバレーRC賞を連勝する。
ダービーへの夢を乗せ、京都新聞杯に挑戦。先行勢を射程圏に入れ、手応え十分に追走できた。直線で前が壁になるシーンもあったが、立て直してから鋭く脚を伸ばす。ハナ差の辛勝だったはいえ、上がり速い決着を計ったように差し切り、決め手の強化がうかがえた。
「狙いどおりに勝利。長距離ランナーらしく、つかみどころがないタイプでも、走るたびに成長していた。気持ちが前向きになり、だんだん追い切りでもいいタイムが出るように。それでも、まだまだ体に甘さが残る状況だった。素質だけでタイトルに手が届いてしまったんだ。ダービー(5着)は不良馬場が堪えたもの。もうノメって、ノメって。良を走らせたかったよ」
ひと夏を越し、ぐんとたくましさを増したのにもかかわらず、思わぬアクシデントが待ち受けていた。神戸新聞杯での復帰を目前にしながら、両前のヒザに深い外傷を負ってしまう。陣営は素質を信じ、懸命にケアを続けた。
10か月ぶりとなった大阪-ハンブルクCを3着。底力を示す。だが、天皇賞・春は18着に惨敗した。7か月間のブランクを乗り越え、金鯱賞(5着)へ。以降も状態が上向かず、結局、復帰を果たせなかった。
全能力を発揮できず、静かにターフを去ったクレスコグランド。イーストスタッドで種牡馬入りしたものの、繁殖に恵まれず5シーズンの供用で乗馬に転身した。そんななか、メイショウオトワ(2勝)が活躍し、クレスコドルフィン(現1勝)が競走生活を続行中。息長い活躍を期待したい。