サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

クルーガー

【2020年 ダービー卿チャレンジトロフィー】長き旅を経て復活を遂げた不老の賢者

 着々と実績を積み上げ、関係者に厚い信頼を寄せられている高野友和調教師。数々のビッグタイトルを手にしているなかでも、忘れえぬ一頭にクルーガーがいる。様々なカテゴリーにトップクラスを量産したキングカメハメハの産駒。松田国英厩舎の調教助手だった当時、トレーナーが間近で接したスーパーホースである。

「1歳夏に初めて見て、角ばったトモがキンカメらしいと思いましたね。この仔の場合、適性などの見極めに時間を要したとはいえ、走る要素が平均的に優れ、どんな条件でもこなせそうに思えるのも父との共通点。母父はスピード色が濃いディクタットでも、重厚な血が重ねられたファミリーだけに、もともと奥深さを見込んでいました」

 母アディクティドはドイツのG3・シュヴァルツゴルトレンネンに優勝した。その半兄にG2・ミューラーブロート大賞典を勝ち、独ダービーでも2着したアカンバロ。同馬の全弟にサクセッション(現3勝、スプリングSを3着)がいる。キャロットクラブにて総額4000万円で募集された。

 ノーザンファーム空港より2歳8月に栗東へ。素直な性格を生かし、短期間でゲート試験をパスすると、NFしがらきで乗り込みを進める。10月の帰厩後はスムーズに出走態勢が整った。

「好ましい傾向ですが、普段はあまりにも大人しく、状態の把握が難しい。慎重に追い切りを始めました。それなのに、時計が出すぎたほど。まだ体が緩く、背中にも力が乏しい状況でしたので、急激に負担がかからないよう、ダートから使い出したんです」

 初戦(京都のダート1800m)は2着。追走に余裕がなかったのにもかかわらず、手応え以上の渋太さを発揮した。続く未勝利を順当に勝ち上がり、芝に目を向ける。エリカ賞を2着に健闘。窮屈な競馬を強いられた京成杯も、根気強く伸びて3着に入線した。

「相変わらず根を詰めた雰囲気がなく、飼い葉をペロりと完食。促さないと動けるタイプではなく、芝のスピードにフィットしていない感じがありながら、堅実に成績を残せたあたりは立派です。春のクラシックも意識させられました」

 だが、右ヒザに剥離骨折を発症し、半年間のブランク。それでも、北辰特別をきっちりと差し切り、いきなりポテンシャルの高さを示した。

「馬格の割りに線が細く、鞍がずれないように馬具を工夫していたくらいでしたが、休養中に30キロ以上もボリュームアップ。それでも太め感はなく、付くべきところに筋肉が備わるのは先だと見ていましたよ」

 2600mを試した日刊スポーツは4着。嵯峨野特別を3着した後、12月の阪神(芝1800m)を順当に突破する。続く初富士Sも連勝。中日新聞杯は6着だったものの、出遅れが響いた結果である。大外から鋭く脚を使っていた。

「調教でもパワフルに動けるようになり、瞬発力で勝負できる手応えを得られました。京都の外回りなら、初のマイルもプラスに生かせると判断し、マイラーズCへの参戦を決めたんです」

 開幕週の高速馬場のなか、位置取りは後方。それでも、インをロスなく立ち回り、ゴール直前で馬群を割った。夢がふくらむ秀逸なパフォーマンス。ところが、再度の骨折に見舞われ、1年間、沈黙を守る。

 5歳時のマイラーズC(10着)で復帰。あせらずに態勢を整え直し、富士S(3着)、マイルCS(7着)、京都金杯(2着)と善戦。しかし、東京新聞杯(8着)まで歩んだところで、またも骨折。富士S(9着)を経て、ダートで2戦を消化したものの、復活の勝利は手にできなかった。

 7歳シーズンはオーストラリアへ遠征し、ドンカスターマイル(4着)、クイーンエリザベスS(2着)と、G1の舞台で健闘する。札幌記念(8着)を挟んで再び現地へ渡り、コックスプレート(13着)、マッキノンS(8着)にもチャレンジした。

 8歳になっても、東京新聞杯を5着。感情を表面に出さなくても、トレーナーの熱い思いはしっかりクルーガー(ドイツ語で賢者の意味)へと伝わっていた。ついに念願がかなったのが、ダービー卿CT。好位から鮮やかに抜け出し、後続に2馬身半を広げてゴールに飛び込む。3年11か月ぶりとなる栄光だった。

「凡走したことがない中山コース。好枠(4番)を引き、スタートが決まったのが勝因です。流れを的確につかみ、上手に立ち回ったジョッキー(石橋脩騎手)の手腕も大きい。それにしても、ラストの反応がすばらしく、改めて強いと感じましたね。本来であれば、もっと早く結果を残さなければならなかったのですが、本当に8歳なのかなと思うくらい、肉体は若々しいまま。馬に感謝するしかありません」

 安田記念は14着。その後の調整中に左前の屈腱炎に見舞われたため、現役続行を断念することとなった。トルコへ渡って種牡馬入り。異国からうれしい便りが届くのを楽しみに待っている。