サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

クリンチャー

【2018年 京都記念】息長く決め手を駆使した実直なファイター

 3歳1月、中京の芝2000mでデビューしたクリンチャー。後方のまま、12着に終わる。ところが、中1週で京都の同距離に向かうと、走りが一変。押してハナを奪い、後続を寄せ付けなかった。単勝244・8倍の最低人気を覆す3馬身差の快勝。展開に助けられたわけではなく、ラスト3ハロンも最速タイの脚(35秒6)を駆使している。

「驚きましたよ。初戦が負けすぎ。明確な敗因をつかめずにいましたが、気持ちの問題だったみたいです。追いかけられるかたちなら、前向きにがんばれる。すべきことを覚え、以降は常に一所懸命。しかも、決してイレ込んだりせず、パドックでも堂々としています。豊富なスタミナを安定して生かせるようになりました」
 と、宮本博調教師は初勝利の瞬間を振り返る。

 NHKマイルC、ダービーの変則2冠を達成したディープスカイの産駒。同馬は初となる芝の重賞を勝ち取ることとなる。母ザフェイツ(その父ブライアンズタイム)は1勝したのみだが、その兄姉にフロンタルアタック(神戸新聞杯2着、中日新聞杯2着)、ミスイロンデル(兵庫ジュニアグランプリ)らがいる。同馬の半兄にあたるワキノブレイブ(6勝、シルクロードS3着)も、オープンで活躍した。

「大山ヒルズで乗り込まれていた当時から、成長は遅め。暮れの入厩後も緩さが目立ち、いかにも頼りなかった。ただし、父の仔にしてはスマートなライン。フットワークは素軽いんです。半兄のレジアス(芝1400mで1勝、地方1勝)も手がけていましたし、短めの距離が向くと思っていたのですが、身のこなしはゆったり。性格も穏やかで、とても乗りやすく、調教でも意のままに操れましたよ」

 2番手からあっさり抜け出し、すみれSも連勝。後続を4馬身差も突き放す危なげないパフォーマンスで、クラシック戦線に名乗りを上げた。皐月賞も4着に健闘。ダービーは13着だったものの、秋緒戦のセントライト記念(9着)を使って状態を上げる。菊花賞では過酷な不良馬場をロングスパート。2着に食い下がった。

 長く持続する脚を有効なクリンチャー(英口語で決め手、とどめを刺す言葉)にして、京都記念では栄光のタイトルに手が届いた。強力メンバーが揃い、単勝4番人気(10・5倍)に甘んじていたが、好位でじっくり脚をため、悠々と抜け出す。

「3歳時は走りのバランスが整わず、不正駈歩(前後が異なった手前での走り方)になりがちでした。リフレッシュを挟んだら、そんな面がすっかり解消。ただし、まだ本格化は先と見ていましたね。そんななか、4頭のG1ウイナー(先んじてG1を制した同期のアルアイン、レイデオロ、モズカッチャン、ディアドラ、後にミッキーロケットも宝塚記念に優勝)を競り落としてしまうなんて。想像以上に奥深いと思わせました」

 阪神大賞典は3着に敗れたとはいえ、1周目の3、4コーナーで、馬が勝負どころと勘違い。行きたがったのが敗因だった。天皇賞もあと一歩の3着に食い下がる。秋シーズンはフォア賞(6着)、凱旋門賞(17着)にも挑んだ。しかし、本来の真面目さが途切れ、有馬記念は15着。すっかりスランプに陥り、5歳シーズンは未勝利に終わる。

 丁寧に立て直されたうえ、仁川Sではダートを試す。豪快に追い込んで2着。マーチS(2着)、アンタレスS(3着)、三宮S(2着)、ジュライS(2着)、太秦S(4着)と惜敗を続けたが、みやこSでは晴れて砂戦線でも重賞を奪取した。

 チャンピオンズCは11着に敗れたものの、7歳になっても好調を持続。佐賀記念、名古屋大賞典を貫録勝ち。帝王賞も3着に好走した。みやこS(6着)、チャンピオンズC(14着)を経て、東京大賞典を2着。8歳にして名古屋大賞典の連覇を果たす。帝王賞(5着)、みやこS(10着)、名古屋グランプリ(5着)まで、全36戦をタフに走り抜けた。

 JRA馬事公苑で乗馬となったクリンチャー。実直に夢を追い求める姿は、多くのファンに勇気を与えた。いつまでも幸せに余生を送ってほしい。