サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

クラレント

【2013年 エプソムカップ】府中のターフで躍動する伯楽の重宝

 JRA通算991勝を挙げたうえ、G1の10勝を含めて重賞96勝という偉大な記録を残した橋口弘次郎調教師。馴染みの繁殖も数多いが、母エリモピクシー(7勝、重賞での3着が3回)の産駒からは、タイトルウイナーに輝く所属馬が3頭も登場した。重賞を計10勝している。

「よく似た3兄弟で、みなマイル前後で瞬発力を発揮。それでも、母の全姉にエリザベス女王杯を制したエリモシックがいる。重厚なダンシングブレーヴの肌だけに、成長力にも富んでいた」
 と、名将は血統の魅力を話す。そのなかでも、最もスケールの大きさを感じさせたのがクラレントだった。

「アグネスタキオンを父に持つリディル(デイリー杯2歳S、スワンS)、レッドアリオン(マイラーズC、関屋記念)よりも伸びやかさがあり、長くいい脚を使える。ダンスインザダークの特長も、うまくマッチした個性なんだ」

 弟妹にあたるサトノルパン(京阪杯)、レッドアヴァンセ(阪神牝馬S2着)、レッドオルガ(東京新聞S2着)、レッドヴェイロン(NHKマイルC3着)らも、母の名を高めた。将来に向けても名牝系となって、豪華に枝葉を広げていくに違いない。

 2歳7月、京都の芝1400mでデビューしたクラレント。直線一気に付き抜け、2馬身半差の楽勝を収め、早速、卓越した素質を見せ付けた。

「大山ヒルズでの育成時もいいキャンターをしていた。入厩後も1か月ほどでスムーズに出走態勢が整ったよ。フットワークが大きいので、稽古では速いタイムが出ない。でも、追われてからもフォームがぶれず、まっすぐに走れる。実戦で味があったね」

 夏場のリフレッシュを経て、デイリー杯2歳Sへ。後躯にたくましさを増し、さらに末脚が磨かれてきた。重賞の厚い壁をいきなり突破する。ただし、気持ちのコントロールに課題を残し、しばらくは着順が激しく上下動。そんななかでも、NHKマイルC(3着)で見せた末脚は、将来の飛躍を予感させるものだった。ダービー(15着)にも駒を進める。

 3歳秋には富士Sで2つ目のタイトル奪取がかなった。キャピタルS(4着)、阪神C(5着)も堅実に差を詰めている。好位をキープできたうえ、インをすぱっと突き抜けたのが東京新聞杯。ぐっと安定感が加わってきた。だが、マイラーズCは8着に敗退。目標としていた安田記念は賞金により出走がかなわなかった。

 翌週のエプソムCに登場すると、イメージを一新させるパフォーマンスを披露。積極的に2番手を確保したため、前半は行きたがる素振りを見せたものの、勝負どころに差しかかっても手応えは抜群だった。早め先頭から、ジャスタウェイ(後にG1を3勝)の猛追をハナ差退けてゴールに飛び込んだ。

「だいぶ大人っぽい体付きに変わってきた。集中力が高まって、精神的にも充実。調教でも無理なく好タイムが出るようになったよ。ペースによっては、当時も引っかかる心配があったが、脚質にも幅が出てきたね。これが1800mで唯一の勲章となったけれど、左回りなら信頼度がアップ。いよいよ完成の域に入ってきた実感があり、これならばG1に手が届くと思われたんだけど」

 あと一歩で勝ち切れなかったとはいえ、毎日王冠(3着)、阪神C(3着)、東京新聞杯(3着)、京王杯SC(2着)などでも、確かな能力を再認識させた。過酷な不良馬場となった安田記念(10着)に続き、中京記念(8着)も荒れたコースに泣く。関屋記念は、やや重の発表ながら新潟特有の高速決着。大外から豪快な差し切りが決まった。

 新潟で施行された京成杯AHでは、すっと逃げ馬の後ろに付け、あっさり後続の追撃を完封。サマーマイルシリーズのチャンピオンに輝く。これが最後の勝利となったが、歴代トップとなるマイル重賞の5勝を達成。左回りでも5つ目の栄冠となった。

 6歳時の安田記念は3着に健闘する。翌春のマイラーズCも3着。8歳にして京王杯SCに2着するなど、晩年になっても力の衰えなど感じさせなかった。安田記念(9着)がラストラン。屈腱炎を発症しなければ、41戦(7勝)のキャリアは、さらに延ばせたはずである。

 引退後は乗馬となり、静かに余生を送っているクラレント(アイルランド神話に登場するアーサー王の重宝のこと)。深い愛情を注いだ馬づくりの達人も、一歩先に定年を迎えたが、いつまでも忘れえぬ大切な宝物となっている。