サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
キングスエンブレム
【2010年 シリウスステークス】輝かしきエンブレムを継承した王家のプリンス
2歳11月の京都(芝2000m)で鮮やかに新馬勝ちを飾ったキングスエンブレム。管理する石坂正調教師は、こう穏やかに笑みを浮かべた。
「産まれ落ちた瞬間から、大きな夢を託された馬だけに、プレッシャーを感じていたよ。5歳になって充実期を迎えたヴァーミリアン(JCダートをはじめG1を9勝、重賞13勝)がJBCクラシックを勝った直後にデビュー。弟も続いてくれる予感がした。ただ、ウォーエンブレム産駒はサンプルが少ないし、なんとも判断できない部分もあったからね。ほっとしたよ」
特定の牝馬にしか興味を示さず、種付けがままならないという欠点が致命的だったとはいえ、社台グループが1700万ドル(当時は約20億円)もの巨額を投じて導入した米2冠馬が父である。サンデーサイレンスの肌との組み合わせ。本来ならば、この配合は国内のレースを席巻していたかもしれない。母スカーレットレディは、16戦1勝の競走成績だが、繁殖入りしたから大いに注目されることとなる。銀のスプーンを銜えて誕生した期待馬であり、サンデーサラブレッドクラブでの募集価格は、この世代で最高となる総額1億円だった。
「半兄にはサカラート(重賞4勝)もいて、厩舎にとっては宝物のような血脈。祖母のスカーレットローズの仔、ハローサンライズ(牝、16戦2勝、02年に引退)を手がけたことで、縁が深まっていった。次々に希望を運んでくれ、巡り合せに感謝するしかない」
調教で動かないあたりはヴァーミリアンと一緒だが、そこにいるだけで威圧感を放つ兄に対し、キングスエンブレムは線が細かった。父に似てつなぎが立ち気味である一方、いかにもターフランナーらしいシルエットが特徴である。
「初めてのレースで、戦意を喪失しかねないシーン(前方の馬が外へ逃げ、2コーナーで態勢を立て直す不利)があっても、リズムを崩さなかったのには感心した。若いころの兄は、他馬が怖くて、自らやめることがあったのに」
だが、以降は精神面の若さに悩まされる。自分のリズムで走れないと、闘志を発揮してくれない。手応えほど伸び切れず、その後は歯がゆいレースの連続。5戦目にしてすみれSに勝ったものの、皐月賞トライアル(若葉S)は1秒4も離された5着。3歳秋の2戦(セントライト記念を7着、古都Sも6着)も人気を裏切ってしまう。
難波Sから4歳のシーズンをスタート。ここでは発馬で躓く不利もあり、9着に終わる。陣営が次に選択したのは、初のダートとなる上賀茂Sだった。いきなり適性の高さを示し、好位から持ったままで抜け出す楽勝。苦難の日々にピリオドを打つ。
「ダートに切り替えるタイミングを待っていて、期するところが大きかった一戦。これで走らなかったらもうあかん、そんな追い詰められた心境だった。クラシックを意識するのも当然の器で、しかも、兄たちとは違い、軽さやスピードも持ち味。それで遠回りしてしまったが、いまとなれば、能力が抜けていたからこそ芝もこなしたことがわかるね。ダート初戦で勝ったのはヴァーミリアンと同じ。得意分野でキャリアを重ねていけば、どんどん力を付けそうな予感があった」
ところが、ここでアクシデントが。右前脚の球節付近に炎症を発症してしまい、10か月半もレースから遠ざかった。翌春の甲南Sで復帰したものの、10着に敗退。続く阪神スプリングプレミアムも11着に終わった。
「表面上は走れる状態に見えても、心と体が噛合っていないことは明らかだった。危うさを抱えた状況で使い続けても、先にはつながらない。それで秋まで待ったんだ。休養の効果があり、張りが変わってきたよ。以前と同じ体重でも、中身が詰まった感じ」
大切に素質を引き出すのが石坂流。狙いどおりに成長を遂げる。オークランドRCTを快勝。続くシリウスSでも1番人気に推された。じわっと中団で折り合い、抜群の手応えで早めに先頭へ。抜け出して気を抜きかけながら、危なげなく押し切った。
「みやこS(2着)は想定より後方のポジション。それでも、外に出してからはよく伸びているし、将来に楽しみがふくらむ内容だった。でも、JCダート(9着)以降は、気分を損ねたらもろい一面に泣かされて。結局、フルに能力を出し切れなかったのが残念でならいよ」
6歳時のシリウスSも2着に善戦する。ベテルギウスSで5馬身差の圧勝を収めるなど、常に一発長打の魅力にあふれていたが、最後の輝きは佐賀記念の3着。二桁着順を重ねたことで引退が決まった。
戦績以上に強烈なインパクトを残したキングスエンブレム。もどかしさが付きまとったぶんも、味わい深い個性派だった。