サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

キタサンブラック

【2017年 天皇賞・秋】スピードとパワーを兼ね備えた絶対王者

 3歳1月に東京の芝1800mで新馬勝ちを収めたキタサンブラック。出たなりで中団の位置取りとなったが、リラックして追走でき、直線は大外から豪快に差し切った。

 清水久詞調教師は、こうデビューまでの歩みを振り返る。
「1歳夏に初めて見た当時も、ほれぼれする雄大な馬格。サクラバクシンオーの肌ですし、短距離色が強いファミリーなのですが、とても伸びやかです。ただ、中身がしっかりするのは遅め。新冠育成公社で無理せずに乗り込まれました。ただし、トラブルとは無縁でしたし、暮れの入厩後もスムーズに態勢が整いましたよ。緩さを残しながら、追い切りでも仕掛けてからの反応は上々。ストライドが大きく、ゆったり加速します。広いコース向きと見て、レースを選びました」

 ディープインパクトの全兄らしく、コンスタントな勝ち上がりを誇ったブラックタイドが父。母のシュガーハートは不出走だが、その半姉にアドマイヤキセキ(日経新春杯を2着したアドマイヤフライトの母)ら。祖母オトメゴコロが4勝をマークしている。

 連続して府中に向かい、芝2000mを連勝。ここでは2番手よりあっさり抜け出し、後続に3馬身の差を付けた。さらに無敗のままでスプリングSも突破。スローペースの2番手で悠々と脚をため、息の長い伸びで後続を完封。クラシックに王手をかけた。

「小回りの中山にもきちんと対応。理想的な展開に持ち込めました。レースセンスは天性のもの。どんなポジションでも、意のままに走れますよ。キャリアが浅いなかでも、ずっと関東圏でステップを踏み、輸送も難なくクリア。ほんと素直で手がかからず、調整は楽でした。年明けデビューなのに、春の大舞台に間に合うなんて、非凡なポテンシャルの証明です」

 皐月賞は決め手比べに屈したものの、3着に健闘。息の入らないペースを先行し、ダービーは14着に沈んだ。だが、夏場のリフレッシュを経て、さらに成長。秋緒戦のセントライト記念を堂々と押し切る。

「ダービーでは少しイレ込みましたが、一段と態度がどっしりし、大人っぽくなりましたよ。狙い通りにボリュームアップしただけでなく、中身が詰まってきた実感もありました。そんななかでも、まだ良くなる余地はたっぷり。骨格を考えれば、線が細いくらい。もっと筋肉が備わり、パワフルさを増すと見ていました」

緩急が極端な流れとなった菊花賞を巧みに乗り切り、直線で力強く馬群を割った。開業7年目だったトレーナーに初のG1勝利をプレゼントする。有馬記念(3着)や大阪杯(2着)も差はわずかだった。

「雄大なフォームを生かし、ゆったり加速。性格が素直なだけに、きちんと折り合え、どんな距離やコース、流れにも対応してくれる。天性のセンスです」

 3200mの長丁場で主導権を握り、いったん交わされながらも差し返した天皇賞・春。派手さはなくとも、本格化を印象付ける勝ち方だった。宝塚記念(3着)、京都大賞典(1着)を経て、日本最高峰のジャパンCに挑む。1番枠から無理せずにハナを奪うと、早めにスパートした。後続に2馬身半の差を付けたまま、悠然とゴールに飛び込んだ。

 有馬記念はクビ差の2着だったものの、5歳時の充実ぶりは目を見張るものがあった。大阪杯を堂々と押し切り、天皇賞・春ではレコードタイムを大幅に更新する。早め先頭から後続を寄せ付けなかった。

「これまでと同様、レース後もけろっとして、疲れなど見せないのが心強かった。この馬にふさわしい調教を求め、オーバーワークにならないように配慮してきたなかでも、鍛えるごとに強靭さを増していく。こんなに負荷をかけた経験はありません」

 張り詰めた気持ちが途切れ、期待を大きく裏切った宝塚記念(9着)。陣営は汚名返上に燃え、きちんと立て直しが図られる。天皇賞・秋は生憎の不良馬場で行われた。しかも、出遅れるアクシデントも。だが、他馬が避けた内目をするすると進出し、食い下がるサトノクラウンを振り切った。勝ちタイムは2分8秒3。天皇賞・春のレコードホルダーが同レースで史上最遅となる記録も塗り替えた。

「スタートのタイミングが合わず、ちょっとびっくりしましたが、返し馬でノメることはなかったですし、パワーも兼備した個性。きっと抜け出してくるだろうと、馬を信じて見守っていました。本来の力を発揮でき、ほっとしましたよ」

 ジャパンC(3着)は徹底マークされたのに加え、左前を落鉄していたのも敗因だった。そして、ラストランとなった有馬記念へ。みごと7つ目となるG1のタイトルを勝ち取る。2年連続して年度代表馬に輝き、歴代トップの賞金を獲得。苦楽をともにしてきたトレーナーは、こう感慨深げに絶対王者を称えた。

「北島三郎オーナーにも、ブラックにも恩返しでき、とてもうれしいです。攻めても安心感がある馬ですので、今回はしっかり仕上げました。競馬はジョッキーに任せていましたが、ゲートさえ無事なら、こんなパフォーマンスを演じるだろうと想像していましたね。でも、最後まで気は抜けなかった。なにを叫んだのが覚えていませんが、つい声が出ましたよ。あらゆる面で優れた馬です。奥深い能力はもちろん、健康的で丈夫。ローテーションを欠席したことがありません。新馬からラストランまで、すべてがいい思い出。私にとって、かけがえのない財産です」

 種牡馬となっても目覚ましい成果を収めているキタサンブラック。オールマイティーな才能に恵まれた真のチャンピオンだけに、イクイノックス(天皇賞・秋、有馬記念、ドバイシーマクラシック、宝塚記念)、ウィルソンテソーロ(JBCクラシック)、ソールオリエンス(皐月賞)、クロワデュノール(ホープフルS、日本ダービー)をはじめ、続々とスターホースを送り出している。豊年、大漁の「まつり」は、まだまだ続く。