サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

キズナ

【2013年 日本ダービー】至福のゴールへ絆を強めて

 第80回のメモリアルを迎えた2013年日本ダービーで、鮮やかな差し切りを決めたキズナ。後方でじっくり構え、直線はレースのラスト3ハロンを1秒7も上回る圧倒的な決め手(33秒5)を駆使した。歴代の名勝負のなかでも、強烈なインパクトを放つ勝ち方である。すべてのホースマンが憧れるタイトルを手にした佐々木晶三調教師は、手綱を取った武豊騎手に、そして、愛馬に向けて、何度も何度も「ありがとう」と声をかけていた。

 稀代のスーパーホースであり、スタリオン入りしてからも史上最速のスピードで勝ち鞍を量産したディープインパクトの産駒。母キャットクイル(その父ストームキャット)は、パシフィカス(ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの母)の半妹にあたる。同馬はファレノプシス(桜花賞などG1を3勝)の半弟。名門の系譜に登場した希望の星だった。

「生まれた直後、新冠のノースヒルズで初対面。なんてきれいなんだろうって惹き付けられた。すばらしいバランス。身のこなしも柔らかく、オーラを放っていたもの。いろいろ走る馬に恵まれたなかでも、こんなに好みと一致するタイプはいなかったね。
 大山ヒルズでの乗り込みが進むと、クラシック候補との評価が定着。現地で騎乗したテッちゃん(しばらく主戦を務めた佐藤哲三騎手)に聞いたら、『跨った2頭ともいい。特にキズナはスピードの乗りが違います。芦毛のほうがそうですよね』って、同期のアップトゥデイト(中山大障害、中山グランドJなど10勝)と勘違いしていたけど、無理はないよ。まだ芯が入っていなかったし、坂路でバリバリ動く個性ではないからね。栗東へ輸送しようとした矢先、挫跖するアクシデントがあったが、見に行ったら心配など吹き飛んだ。休み明けのスローキャンターからして弾み方が半端じゃない。スケールの大きさを確信したなぁ」
 と、佐々木師は入厩前の思い出を話す。

2歳8月、栗東へ移動。順調にペースアップされ、10月の京都(芝1800m)でデビューする。ラスト33秒8の瞬発力を発揮し、あっさり初勝利を挙げた。

「走らないとすれば初戦かなと思っていた。性格が子供っぽく、調教でも遊ぶ面が残っていて。それなのに、ゴールに向ってラップが上がるスローペースを克服。素質だけで2馬身も突き放してしまった。黄菊賞(大外を強襲し、2馬身半差の楽勝)は安心して観ていられたね。期待どおりに集中力を増していた。
 過剰に消耗せず、連勝できたが、あれでも8分くらいの仕上げ。どんどん進歩する途上にあり、未知の魅力にあふれていた。ラジオNIKKEI杯2歳S(3着)は仕上げの失敗。マイラーみたいな太目のスタイルだった。以降はメニューを強化し、厳しく鍛えることに。その効果があり、ぐっとたくましくなったよ」

 ところが、3歳緒戦の弥生賞(5着)は不完全燃焼。早めに仕掛けたのが裏目に出て、馬群をさばけなかった。

「あれが一番のターニングポイント。中2週で毎日杯(3馬身差の圧勝)へ向かうことにした。馬もきつかったと思うし、こちらもプレッシャーを感じていたね。そんななか、心と体がぴたりと噛み合い、理想的なパフォーマンス。ラジオNIKKEI杯2歳S、弥生賞での苦い敗戦を糧にして、武豊くんもすっかり手の内に入れてくれた。試走と位置付けた京都新聞杯も余裕でクリアして、ピークに持っていけた。
 だから、ダービーは意外と冷静に見ていられたよ。装鞍所から別馬のように大人しく、きちっと態勢が整ったら、ここまで変わるものかと感心させられた。精神面の強さだって別格だもの」

 この上ない感激に酔いしれたのはわずかな時間だった。凱旋門賞への挑戦というビッグプロジェクトが動き出す。前哨戦のニエル賞を制し、視界は良好だった。それでも、父ディープインパクトでさえ跳ね返された欧州最高峰の厚い壁。トレヴの4着に終わった。

 4歳緒戦に選択したのが大阪杯。武豊騎手は自分のリズムに徹し、悠然と最後方に待機。大外をあっさり突き抜けてゴール。ラスト3ハロン(33秒9)は、レースの上がりを2秒4も凌ぐ鋭さだった。武豊騎手も、さらなる進化を感じ取り、こう余裕の笑みを浮かべる。

「ポジションにこだわらず、この馬のタイミングで追い出したまで。自信はあったし、キズナらしい末脚だった。また一緒に大きな仕事ができると思う」

 だが、天皇賞・春は伸び切れずに4着。レース中に左前を骨折していた。翌年の京都記念(ハナ+クビ差の3着)まで沈黙を守る。大阪杯(2着)、天皇賞・春(7着)と歩んだものの、右前に屈腱炎を発症してしまい、早すぎる引退が決まった。

 アカイイト(エリザベス女王杯)、ソングライン(安田記念連覇、ヴィクトリアマイル)、ジャスティンミラノ(皐月賞)、ナチュラルライズ(羽田盃、東京ダービー)らを送り出し、種牡馬としても着々と評価を高めているキズナ。世界でトップを極める逸材が登場しても不思議はない。息長い成功を祈っている。