サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
キストゥヘヴン
【2006年 桜花賞】天国に届いた乙女のキス
プロフェッショナルらしい技術を誇り、息長く活躍させるのに定評がある戸田博文厩舎。礎を築いた名牝がキストゥヘヴンである。チーム初となるクラシックの栄冠を勝ち取ったうえ、引退レースを勝利で締めくくり、最高の競走生活を過ごした。
社台グループ(馬主は吉田和子氏)の所属ながら、北海道市場(オータムセール1歳)にて970万円で落札。父はダービーを制したアドマイヤベガ。牝馬2冠に輝いた母にサンデーサイレンスが配された名血である。母ロングバージン(1勝)は、エリザベス女王杯を制したロンググレイスの半妹にあたる。天国に旅立った父や、母父のノーザンテーストへキスが届くように願って命名された。
天性のスピードを生かすべく、2歳12月に中山の1200m(2着)でデビュー。続くダートの2戦も2着に惜敗したが、距離を延ばした中山の芝1600mで2馬身差の楽勝。フラワーCも鮮やかに連勝する。脚を温存すれば、非凡な決め手を駆使できることを証明した。
勢いに乗り、桜花賞を完勝。後方の位置取りから大外一気に突き抜けた。手綱を取った安藤勝己騎手は、こう驚きの表情を浮かべた。
「こんなにあっさり勝てるなんて。気性が勝っていて、ともするとガツンと行きたがるから、道中は折り合いに専念した。勝負どころでも手応えに余裕があったし、追い出して切れに切れたね」
テンションが上がりがちな面に配慮し、金曜に競馬場へ移動して臨んだオークスだったが、距離延長が響いて6着。長距離輸送を避けてセントライト記念(5着)より再スタートさせた秋シーズンも、秋華賞(6着)、エリザベス女王杯(10着)と不完全燃焼に終わる。
ヴィクトリアマイル(4着)、アメリカに遠征して挑んだキャッシュコールマイル(4着)などで見せ場をつくりながらも、4歳時は未勝利。そんななかでも、陣営は時間をかけて丁寧に心身を磨き続ける。京都牝馬S(3着)、中山牝馬S(3着)、京王杯SC(2着)と、安定して上位を賑わすようになった。安田記念(7着)後も美浦にとどまって態勢を整え、京王杯AHへと駒を進める。直線で大外へ持ち出すと、強烈な伸び脚が炸裂。一気に突き抜け、2年5か月ぶりにトップでゴールを駆け抜けた。
不良馬場に泣いた東京新聞杯(10着)を経て、いよいよ卒業の季節が到来。深い愛情を注いだステーブルの思いに応え、中山牝馬Sは最高のパフォーマンスを披露する。インの先行タイプに有利な馬場状態を読み、横山典弘騎手は躊躇なく前目に導く。人馬の呼吸はぴたり。力強く馬群を割った。みごと有終の美を飾る。
繁殖入りしても、大きな期待が寄せられているキストゥヘヴン。タイムトゥヘヴン(ダービー卿チャレンジT)、エールトゥヘヴン(現2勝)らを輩出。母としてもトレーナーに、そして、ファンへ向けても感謝のキスを送り続ける。