サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
カワカミプリンセス
【2006年 秋華賞】強く気高い絶対的な王女
浦河のBTC(日高育成調教場)でじっくり乗り込まれ、3歳の1月、故郷の高昭牧場より栗東へ移動したカワカミプリンセス。2月の阪神(芝1400m)でデビュー。あいにくの不良馬場となったが、あっさり逃げ切り勝ちを収める。
管理したのは西浦勝一調教師。2021年2月に定年を迎えるまでJRA重賞23勝を挙げ、この時点でも歴史的な名牝のテイエムオーシャン(阪神3歳牝馬S、桜花賞、秋華賞)を育て上げていた名匠も、想像以上のパフォーマンスに目を丸くしたと振り返る。
「あの仔はキングヘイローの産駒。テイエムオーシャンの父となったダンシングブレーヴの血が流れている。しかも、ずっと手がけてきた母タカノセクレタリー(その父シアトルスルー)の産駒。兄姉は活躍できなかったけど、愛着が深いファミリーでね。6月5日の遅生まれ。それでも、産まれたと聞いて駆けつけた時点で、光るものがあった。大切に育てたいと思ったなぁ。トレセンに入厩した当時は緊張感が強く、身体を硬くしがちだったし、乗り味もいい方ではなかったけど、手脚の軽さは目を引いた。でも、印が薄かった(単勝は33・0倍の9番人気)から、半信半疑で見ていたんだ。恵まれたとの思いも強かったが、2戦目(君子蘭賞)を終え、これはすごいと確信。出遅れて、とても届かない位置だったのに、直線だけで突き抜けた。ゴール前は抑える余裕があったもの」
続くスイートピーSも、非凡な闘争心を爆発させ、大外を豪快に差し切る。3戦を無敗で突破し、あっという間にオークス出走の切符を手にした。
キャリアの浅さや一気の距離延長を不安視された晴れ舞台。だが、鞍上の本田優騎手は、さらなる進歩を感じ取っていた。前半の1000mが58秒1のハイペースだったのにもかかわらず、各馬が脚をためた3コーナーからに強気に攻める。最後は外へもたれながらも、力強く抜け出した。誰もが認める世代のトップに君臨。夢はふくらむ一方だった。
「すば抜けた生命力には感心させられた。男性的なタイプで、ハードな調教を課しても、飼い葉が上がったことなど皆無。だから逆に難しさもあって、体調を崩しても、疲れていても、態度に出さなくて。体に触れられるのを嫌がり、治療をさせないくらい。気高い気性は古馬になってもまったく変わらなかった」
夏場のリフレッシュを経て、秋華賞へ直行する。中間もしっかり乗り込め、一段とパワーアップ。「負ける気がしなかった」と、西浦師も話す。好スタートが決まったが、行きたがるのをなだめて中団を追走。コーナーで早めに動き、外へ振られる不利を受けながらも、直線で闘志に火が点き、豪快に差し切る。無敗のまま、2冠目も奪取した。
エリザベス女王杯でも圧倒的なパフォーマンスで1位に入線。ところが、他馬の進路を妨害し、痛恨の降着(12着)となる。
「いい流れを断ち切られてしまった。勝負ごとの怖さだよ。ピークだった3歳秋のことを思えば、体力、気力ともになかなか戻り切れなかった」
4歳春はヴィクトリアマイル(10着)、宝塚記念(6着)と歩んだものの、両トモを骨折するアクシデント。1年近くレースから遠ざかった。翌年の金鯱賞では3着に食い込んだが、レース後は筋肉痛に悩まされる。丁寧に立て直され、5歳時のエリザベス女王杯で2着するなど随所で才能を垣間見せながら、結局、12連敗を重ねてしまう。6歳のエリザベス女王杯(9着)がラストラン。繁殖入りすることとなった。
「ずいぶんもどかしい思いをしたが、困難なことに立ち向かっていくたくましさにあふれていて、こららも勇気を与えられたよ。そのすごさは僚馬たちもよくわかっていた。馬は上下関係に敏感だからね。最後まで絶対的な王女。一緒に戦えたのがいまでも誇りだし、本当に幸せだった」
本年9月11日、20歳にして天国へ旅立ったカワカミプリンセス。期待の大きさを考えれば、繁殖成績に物足りなさを覚えてしまうものの、初仔のミンナノプリンセス (2勝)ら、4頭が母となった。ぜひ未来へとプリンセスの系譜を発展させてほしい。