サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
カレンブラックヒル
【2015年 小倉大賞典】何度も蘇える旺盛なファイトスピリット
ダイワメジャーのファーストクロップからは5頭の重賞ウイナーが誕生したが、その代表格といえばカレンブラックヒル。父に、そして、平田修調教師に、初となるG1の勲章をもたらした。
母チャールストンハーバー(その父グラインドストーン)はアメリカで6勝をマーク。仏オークスやヴェルメイユ賞を制した曾祖母ミセスペニーに連なる優秀なファミリーである。セレクトセール(当歳)に上場され、3400万円で落札。ひとつ上の兄にカレンデイムーン(2勝)がいて、妹弟のレッドセイリング(2勝)、レッドアルヴィス(ユニコーンSなど5勝)も非凡なポテンシャルを垣間見せている。
「ダイワメジャーというより、ディープみたいなイメージ。いかにも軽そうだった。470キロくらいに育っても、顔が小さくて上品なスタイル。気性がきつい母系だけど、ノーザンファーム空港での育成時はそう難しさは見せなかったよ。ただ、2歳11月の入厩からゲート試験の合格まで、1か月くらいかかった。後ろの扉が体に触れるのを嫌がってね。練習を繰り返す間に取り入れたプール調教は、その後も気分転換に役立てていた」
と、平田師は若駒当時を振り返る。
化骨も遅めであり、一時は骨膜を気にする素振りがうかがえたものの、丁寧にケアされ、すっかり不安のない状態に。スピード調教に移行すると、めきめき頭角を現す。既走馬を追いかけるかたちの追い切りでも、楽々と交わし去ってしまうほどだった。
1月の京都(芝1600m)でデビュー。出遅れたのにもかかわらず、馬なりのままハナを奪い、ラスト3ハロンは次位をコンマ4秒凌ぐ上がり(重馬場で35秒4)を駆使する。2着に3馬身差。3着以下は2秒4もちぎられた。続くこぶし賞も連勝。先々を見据えて控える戦法を試みたこともあり、着差は半馬身ではあったが、抜けた能力がなければできない勝ち方といえる。雪が降って発走を待たされる試練も克服。4コーナーでは押し出されて先頭に立ちながら、後続が迫ったら差し返す勝負強さを見せた。
ニュージーランドTも楽々と突破。好位のインで脚をため、直線であっさり抜け出す。決定的な2馬身半差だった。そして、NHKマイルCでは、世代のマイル王に君臨する。
「テンションを上げすぎないというテーマを守りながら、うまく仕上げることができた。馬もきちんと応えてくれたよ。逃げるかたちとなったが、相手関係から想定していたこと。それにしても、3馬身半も突き放すなんて。マイラーの枠を超えた器だと自信を深めたね。やっとトレーナーとして一人前になれたと思った瞬間。それはうれしかった。ベッラレイア(07年のオークスで僅差の2着)と同様、秋山くん(真一郎騎手)とのコンビ。あの悔しさがあったからこそ、感激はひとしおだったよ」
わずかデビュー282日目でありながら、5か月ぶりとなった毎日王冠では古馬の強豪を撃破。距離が延長された天皇賞・秋でも、見せ場たっぷりの5着に健闘した。
「きつい気性に課題を感じていたのに、悪いほうへ向かうこともなく、期待通りに進歩。じんましんで体調が整わず、香港マイルへの遠征は断念したが、十分なリフレッシュを挟んだうえで春シーズンへ。常に動くとはいえ、追い切りの感触も良かった。それなのに、敗因はメンタル面にあったよ。年を重ねて落ち着きを増したにしても、本来の覇気に乏しくて。ストレスを感じていたんだろう」
ダートのフェブラリーCで再始動。しかし、スペシャリストの壁は厚く、15着まで後退する。スタート時に嫌がって出遅れたことから、ゲート練習を繰り返す必要もあった。マイラーズCは4着。安田記念では早めに失速し、14着に沈んでしまう。
たっぷり英気を養い、マイルCS(18着)に向ったが、いったん狂った歯車はなかなか修正できない。阪急杯(11着)を経て、体調が上向き、前向きな気持ちも取り戻した。
それでも、ハンデ差を跳ね除け、ダービー卿CTで復活の勝利。息が入らないハイペースに3、4コーナーで後退しながら、直線はインを突いて盛り返し、クビ差だけ凌ぎ切る。
だが、久々に全力を尽くしたダメージは大きく、安田記念を9着。以前と違ってすっと加速できない点に配慮して、オールカマー(7着)では距離を延長する。天皇賞・秋(9着)、金鯱賞(5着)と不完全燃焼に終わった。
小倉大賞典から6歳シーズンをスタート。追い切りで跨った秋山騎手も「常に調教は動くとはいえ、フレッシュさを取り戻した実感があった」と復調を感じ取っていた。トップハンデ(58キロ)を背負いながらも果敢に2番手を進む。淀みないペースのなか、3コーナー手前で強引にハナを奪うと、内ラチ沿いを粘りに粘る。半馬身のリートを保ったまま、ゴールに飛び込んだ。
「雨が降り、力が要る馬場状態(重)。消耗戦となったのに助けられたが、着差以上に強い内容といえる。これで満足してはいけないポテンシャルの持ち主ながら、鬱憤を晴らせた喜びは格別だったね」
大阪杯(8着)、安田記念(7着)、中京記念(7着)、富士S(8着)でも、見せ場はあったが、マイルCS(13着)を最後に引退が決定。優駿スタリオンステーションで種牡馬となった。
ブラックヒルとは、ネパール原産の猟犬種。知的であり、かつ勇敢だという。まだ父の域に迫る産駒を送り出せていないものの、種牡馬としても魅力はたっぷり。天才肌の遺伝子を受け継いだ二世たちも、大きな獲物を目がけて加速していく。