サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

カレンチャン

【2011年 スプリンターズステークス】スプリント界に舞い降りた可憐なアイドル

 スリープレスナイト(スプリンターズS)、ホエールキャプチャ(ヴィクトリアマイル)、アエロリット(NHKマイルC)、ソダシ(阪神JF、桜花賞、ヴィクトリアマイル)、ママコチャ(スプリンターズS)をはじめ、牝にトップクラスが多いクロフネの産駒。カレンチャンも父の名を高めた代表格である。

 母のスプリングチケット(その父トニービン)は芝の中距離で6勝したが、同馬の半兄にはスプリングソング(京阪杯など6勝)もいて、豊富なスピードを誇る遺伝子。セレクトセール(当歳)での落札価格は2500万円だった。

 2歳11月、栗東に入厩。調教パートナーを務めた安田翔伍調教師(当時は安田隆行厩舎の調教助手)は、こうデビュー前の状況を振り返る。

「力が足りない感触で、体質も弱かった。ところが、いざというときは気持ちが前向きに切り替わり、力を振り絞ってくれるんです。調教でも体感以上の好タイムをマーク。しかも、苦しがって反抗することなどありませんし、教えたことを素直に身につけてくれましたね。器用さや応用力にも優れていました」

 阪神のダート1200mで迎えたデビュー戦は、ダッシュがつかずに2着だったが、目を見張る伸び脚を駆使。年明けに京都の同条件を順当に勝ち上がると、初芝となった萌黄賞も楽に抜け出した。

「新馬戦に関しては、同じ週に組まれていた中京の芝を除外され、再投票したものです。仕上がったタイミングで、出走を先延ばしにしたくなかったので。結果的に過剰な負担をかけることなく、ダートで勝ち上がることができました。一般的な父のイメージとは違い、手先に重さがありません。もともとターフランナーだと見込んでいましたよ」

 フィリーズレビューは、距離延長に配慮した後方待機策が裏目に。8着に終わったものの、手応え以上の渋太さを見せている。葵Sで2着に盛り返し、潮騒特別を順当に勝ち上がった。

「あのころは周囲の変化に過敏。最初の函館滞在時は環境に馴染めず、常に気持ちが高ぶっていましたね。あんなに走れないはずなのに、健気ながんばりに感激しました」

 完成されるのは古馬になってからと見て、大切にステップを踏む。社台ファームでゆっくり成長を促したことで、ぐっとたくましくなった。7か月ぶりとなった伏見Sはイレ込みがきつく、3着に惜敗したものの、山城Sを楽勝してオープン入り。初のタイトルを手にしたのが阪神牝馬Sだった。1ハロンの距離延長にもスムーズに対応し、好位から安定した伸び脚を発揮する。

 2か月弱のリフレッシュ放牧を経て、5月末に帰厩。函館競馬場に移動後も順調に調教を積んだ。函館スプリントSから再始動。4コーナーで外へ振られながらも、力強く差し切った。キーンランドCは、ハイペースの2番手を追走。手応えが良すぎ、早めに先頭へと押し出されたが、最後まで勢いは衰えない。着差はクビだったとはいえ、強さが際立つ内容といえた。

「なかなか実にならなかったのに、ぐっとボリュームアップ。いよいよ完成の域に入ってきた手応えがありましたよ。前年と違い、落ち着いて調教に臨んでくれました。フットワークに安定感を増し、乗り心地も一変。レースの反動に悩まされることがなく、次の目標へ逆算して、しっかり乗り込めましたね」

 初挑戦となったG1・スプリンターズSは、シンガポールの雄、ロケットマン(4着)が断然の支持を集め、単勝11・2倍の3番人気に甘んじる。それでも、あっさりと高いハードルを飛び越えた。中団に待機し、絶好の手応えで直線に向くと、あっさりと突き抜けてゴール。2着のパドトロワにコンマ3秒の差を付ける完勝だった。一気の5連勝でスプリント界の頂点を極める。

 香港スプリントは5着に敗れたとはいえ、同日の国際競走に挑んだ日本馬では最良の成績。出国時に飛行機のエンジントラブルがあり、渡航による消耗は大きかった。

「コンテナのなかで出発を15時間も待たされる事態に。到着時は体重が20キロも落ちていました。馬体の回復に専念せざるを得ず、かわいそうでしたよ。そんななかでも、精神面の進歩はうかがえました。平静を保て、現地の調整にも苦労はありませんでしたね。着順以上に、周りの評価以上に、胸を張れる走りだったと思います」

 オーシャンSこそ4着に敗れたものの、高松宮記念では短距離G1の秋春連覇を成し遂げた。すっと2番手をキープして、あとは抜け出すタイミングを待つばかり。坂を登って追い出されると、後続が迫っても渋太く脚を伸ばす。着差(クビ)に反して危なげない勝利だった。

 5歳後半はセントウルS(4着)より始動し、スプリンターズS(2着)に臨む。スプリント界の名女優へと変貌を遂げたカレンチャンに立ちはだかったのは、同ステーブルの後輩であり、すぐ隣の馬房にいたロードカナロア(ともに岩本龍治調教助手が担当)。だが、いったんは堂々と先頭に立ち、同馬もレコードタイムを更新している。

 引退レースとなった香港スプリントを制したのもロードカナロア。7着と振るわなかったが、スタートでの出遅れが響いたもの。全17戦(9勝)を懸命に駆け抜けた。

「チームのアイドルホースでした。厩をのぞけば、大きな瞳をくるくる動かし、鼻面を寄せてくる。あんなにかわいい馬は滅多にいません。一緒にいられるだけで幸せだったのに、どんどん成長してくれ、大きな夢を運んでくれる。いつまでも忘れられない心の恋人ですよ」

 繁殖としても、期待は高まる一方。カレンモエ(京阪杯を2着、オーシャンS2着、函館スプリントS2着)に続くトップホースの登場が待ち遠しい。