サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

カノヤザクラ

【2008年 セントウルステークス】灼熱の季節に開花する美しき桜花

 日本競馬史に偉大な足跡を刻んだ橋口弘次郎調教師。様々なカテゴリーにトップクラスを送り出したなか、スリープレスナイトと並び評される快速牝馬がカノヤザクラだった。「桜」との名前に反して真夏に才能を開花させ、2年連続してサマースプリントシリーズに優勝した。

 長年に渡って短距離界を支えたサクラバクシンオーが父。母はアメリカ生まれのウッドマンズシック(その父ウッドマン、未出走)であり、同馬の姉妹にパイアン(5勝、セントウルS2着)、カノヤトップレディ(2勝、サマーチャンピオンを2着した コウエイアンカの母)らがいる。

 2歳8月に栗東へ移動した当初より体力が豊富。500キロ超の大型であっても、コンスタントにタイムをマークし、1か月余りで出走態勢が整う。中京の芝1200mで新馬勝ち。5馬身差の圧勝だった。続くかえで賞もあっさり連勝する。

 脚の使いどころが噛み合わず、ファンタジーS(6着)、フェアリーS(5着)と足踏みしたものの、リフレッシュ明けのファルコンSで2着に浮上。桜花賞(9着)へも駒を進めた。葵Sを順当に勝ち、古馬相手の重賞戦線に照準を定める。

 北九州記念をコンマ3秒差の5着に食い下がり、セントウルSは2着を確保。折り合いを欠きながら、京阪杯でも3着に追い込み、改めて確かな性能を示す。しばらくは出遅れに泣かされ、思いのほか勝利から遠ざかったが、4歳シーズンも気温の上昇とともに調子を上げていった。

 アイビスサマーダッシュは、「千直」で有利な大外枠を引き当てた。終始、ラチ沿いを追走。ラストでぐいと抜け出し、待望の重賞制覇を飾った。会心の勝利に、小牧太騎手の声も弾む。

「前半は追走に苦労したけど、2ハロン目から流れに乗れた。あとは前をさばけるかどうか。この距離だけに追い通しだったとはいえ、うまく進路が開けたし、末脚は確かだからね。ずっとお世話になっている橋口先生に恩返しでき、ほっとしたよ」

 すっと好位を確保し、楽な手応えで直線に向いたセントウルS。ラスト3ハロン33秒2の鋭い決め手が炸裂した。2着のシンボリグランにコンマ2秒の差を付ける快勝だった。橋口トレーナーは、こう満足そうに笑みを浮かべた。

「前走後は理想的なスタイルに戻るのが遅く、なにか足りないように感じたので、北九州記念を回避。正解だったね。このレースは3歳の時点でも2着。サマーシリーズの王座奪取を意識して、万全の状態を整えることができた。一段とパワーアップしている。それにしても、最後の差し脚はすばらしかったなぁ」

 後方の位置取りが響き、スプリンターズSは7着。スワンS(9着)を走り終えると、得意の季節までしっかりと疲れを癒した。7か月ぶりとなったCBC賞(11着)が案外な結果。ただし、再び思い出の地を踏み、気合い乗りが一変する。同年のアイビスSDも17番の好枠。かつてない好ダッシュが決まった。2番手集団からあっさり抜け出し、1馬身半差の完勝を収める。

「早めに行きたくなかったが、道中はいい感じに息を入れられた。油断をせず、しっかり追ったとはいえ、去年と違い、余裕たっぷりの勝利。ほんと夏女なんだね」
 と、小牧ジョッキーも想像以上の強さに驚きを隠そうとしなかった。

 北九州記念(3着)、セントウルS(4着)も崩れずに走ったうえ、スプリンターズSでは大外を鋭く伸び、3着に健闘した。

 6歳時は高松宮記念(15着)、阪神牝馬S(3着)と歩み、サマースプリントシリーズの3連覇を目指した。CBC賞(10着)の成績にかかわらず、ファンも単勝2番人気に支持したアイビスSD。ところが、レース中にアクシデントが。左前の指関節を脱臼する重傷を追い、天国に旅立ってしまった。

 灼熱のシーズンに余りあるスピードを集約させたカノヤザクラ。あまりに悲しいラストではあったが、同馬ならでは卓越したパフォーマンスは、いまでも強烈なインパクトを伴って蘇えってくる。