サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
カゼノコ
【2017年 ジャパンダートダービー】栄光のゴールへと夏夜の風に乗って
カブトヤマ記念に勝ち、重賞での2着が3回もあるタフネススター(その父ラグビーボール)。産駒にはトップモデル(3勝)やビリオネア(4勝)らもいるが、芝・ダートを問わずに走り、海外でも香港Cを制したアグネスデジタルが配され、ついに大物が登場した。カゼノコのことである。
母や姉たちと同様、藤岡範士厩舎よりデビュー。2歳8月に函館で迎えた芝1200mの新馬でも3着に健闘した。ただし、ターフの5戦ではなかなかスピードに乗り切れない。年明けの京都でダート1800mを試すと、3着まで追い上げた。続く同条件を2着したところで、藤岡師は定年を迎える。
バトンを受けた野中賢二調教師にとっても、愛着が深いファミリー。藤岡厩舎で調教助手を務めていた当時、連日、タフネススターに跨っていた縁がある。
「目や顔付きがそっくりなのに驚きました。母親の乗り味は忘れられませんね。この仔も背中が柔らかく、共通する良さを感じる一方、明らかに芯が入っていない感じ。性格面に関しては、牝らしく繊細でコントロールが難しかった母とは正反対です。前向きさに欠け、反抗して自ら動こうとしない。それでも、いい意味で遊びがあり、折り合いに心配はありませんでした」
典型的な砂巧者には見えないうえ、テンにもたつく弱みを抱えていても、転厩緒戦の阪神(ダート1800m)で待望の初勝利。毎日杯は出遅れが響き、10着に終わったが、京都のダート1800mを楽々と突破。次位を1秒1も凌ぐ決め手(3ハロン36秒6)が炸裂した。鮮やかに大外一気を決め、鳳雛Sも勝利。スローな流れのなか、駆使した上りは35秒4。レースのラストを1秒0も上回る圧倒的な鋭さだった。
陣営の愛情を追い風に、ジャパンダートダービーでも栄光のゴールへと突き進む。台風の影響で雨風が強いコンディション。しかも、スタートで不利を受け、最後方の位置取りとなった。しかし、ペースは速く、馬なりのまま、3、4コーナーで進出を開始。地方の雄、ハッピースプリントが先行勢をねじ伏せたところへ、猛然とカゼノコが強襲する。ハナ差の辛勝ではあったが、驚きの逆転劇だった。
「得意分野は異なっても、天性の末脚はタフネススターから受け継いだもの。もっと走れたのではないかという思いがある母のぶんも、がんばってほしかった。それにしても、心身が子供なのに、ここまでやれるなんて、想像以上の走りでした。まだ緩さが残りますし、いろいろ教えていく必要がある段階。底知れない可能性を感じていましたよ」
ところが、末一手の脚質が災いし、結局、これが最後の勝利となる。4歳時の川崎記念(2着)、みやこS(2着)、名古屋グランプリ(3着)などで世代のチャンピオンらしさを見せたものの、徐々に心身のフレッシュさが薄れてしまう。オープン特別でも惜敗が続き、8歳のラジオ日本賞(4着)がラストラン。馬事公苑で乗馬となった。
無邪気な少年でありながら、ぐんぐん上昇気流に乗ったカゼノコ。この先もジャパンダートダービーがやってくるたび、夏夜に吹かせた一陣の風を思い出さずにはいられないだろう。