サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

カシアス

【2017年 函館2歳ステークス】蝶のように舞い、蜂のように刺す

 高松宮記念を連覇したキンシャサノキセキ(競走馬名はモハメド・アリがコンゴ民主共和国のキンシャサでジョージ・フォアマンを破った名勝負のこと)の産駒であり、カシアス(モハメド・アリの旧リングネームがカシアス・クレイ)と名付けられた天才少年がいた。母ラブディラン(その父ディラントーマス)は未勝利に終わったが、祖母のゴンチャローワが仏G3・フィユドレール賞(芝2000m)に優勝。愛オークス、ヨークシャーオークスなどを制した曽祖母ピュアグレイに連なる重厚なファミリーである。

「初めて見た1歳時から手先が軽く、キンシャサノキセキらしい特長が前面に出ていました。バランスも整っていて、垢抜けた雰囲気でしたよ。吉澤ステーブルでの乗り込みは順調そのもの。2歳5月に栗東へ移動した当初でも、手応え良く動けました。きつい性格ながら、走ることに前向きです。乗り難しさもなく、ひと追いごとの進歩も明らか。仕上げに苦労はありませんでしたね」
 と、清水久詞調教師は、デビュー前より確かな性能に自信を深めていた。

 開幕週の芝1200mに照準を合せて函館入り。初戦はハナへ立つのに脚を使い、2着に敗れたとはいえ、差はアタマ。上積みも大きく、中1週の同条件を勝ち上がる。後続に3馬身半の差を広げた。

「スタートを出していっても、好位で末脚を温存できました。直線で開いたスペースを上手に抜け出せたのも収穫。ステークスへとつながる経験となりましたよ」

 函館2歳Sでも、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」との形容したくなるパフォーマンスを演じる。先行勢を見ながら冷静に折り合い、ラストまでしっかり伸びる安定したレース運び。きっちり差し切り、世代初の重賞ウイナーに輝いた。

「センスの良さは想像以上。キャリアが浅いのに、流れに応じた自在の立ち回りを覚えつつあるのが心強かった。無駄なところでテンションを上げず、普段はどっしりと大人びた態度です。間隔を詰めて3走目となり、若駒だけに慎重さを求められるなかでも、十分に余力が残っていて、出走後の回復も早くて。飼い葉を食べ、逆にプラス体重。無理なく追い切りを消化でき、ますます充実してきた手応えがありましたね」

 京王杯2歳Sでも2着を確保。マイルへと距離を延ばし、朝日杯FS(7着)、シンザン記念(3着)、ニュージーランドT(7着)と健闘する。NHKマイルC(10着)を走り終えると、父の生まれ故郷であるオーストラリアに渡り、リングネームをKemonoに変更して現役を続行した。

 日本競馬に刻んだ足跡は8戦のみ。以降も勝利から遠ざかったとはいえ、若き日の栄光は決して色褪せない。G2の3着を含め、オーストラリアでの11戦のうち、7戦が5着以内。ユニークなキャリアも、未来へと語り継がれていく。