サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

オースミハルカ

【2004年 クイーンステークス】遥か彼方まで一直線に

 競走時代は未勝利に終わったものの、繁殖入りして偉大な足跡を残したホッコーオウカ(その父リンドシェーバー)。産駒にはオースミエルスト(小倉2歳Sを2着)、オースミハルカ(重賞4勝)、オースミグラスワン(新潟大賞典を2回)、ローデッド(フェアリーS2着)らがいて、高齢になるまで存在感を示した。

「みな個性が違いますが、ホッコーオウカの子供たちに共通するのは頭がいいこと。ただ、馬込みを嫌ったグラスワンもそうでしたが、余計なことも覚えてしまうんです。そんななか、ハルカは常に前しか見なかった。ゲートが開けば一直線。個人的には断然のベストホースですし、背中の感触が忘れられません」
 と、安藤正敏厩舎の所属時代より、ファミリーに跨り続けてきた佐藤淳調教助手(荒川義之厩舎)は振り返る。

 2歳6月に栗東へ入厩した当時でも、非凡なスピードを垣間見せていたオースミハルカ。母もスプリント戦での2着が3回あり、やはり短めの距離への適性を見込まれていた。だが、配された父はわずか3戦目でダービーを制したフサイチコンコルド。想像以上の奥深さを秘めていた。

 夏の札幌(芝1000m)で楽々と新馬勝ちし、クローバー賞(3着)、すずらん賞(3着)と見せ場をつくる。りんどう賞を好位から抜け出し、阪神JF(7着)へも駒を進めた。

 3歳緒戦にはチューリップ賞へ。ここで初のタイトルを奪取する。先行勢を見ながら脚をため、勝負どころから手応え十分に進出。後に牝馬3冠に輝くスティルインラブが猛追したが、まったく伸び負けせず、クビ差を保ってゴールに飛び込んだ。

「心身とも完成途上にあったのに、懸命な走りに感動させられましたね。でも、以降は真面目すぎる面が災い。気持ちが空回りすることも多くて」

 桜花賞(6着)やオークス(10着)は、イレ込みが響いた結果。それでも、リフレッシュを経てクイーンSに参戦すると、鮮やかな逃げ切りが決まった。単勝7番人気の低評価を跳ね返して、ファインモーションやテイエムオーシャンといった古馬のトップクラスを撃破する。

 秋華賞(6着)、エリザベス女王杯(9着)とG1では苦杯をなめたものの、4歳シーズンを迎え、ピークが到来。夏に向って調子を上げ、クイーンSの連覇がかなった。

「追い切りの動きが絶好。ぐんと落ち着きを増し、精神的にも一皮むけた実感がありました。ハルカも1年前の感触を覚えていたんでしょう。もちろん、川島くん(信二騎手)だって。他にハナを主張する馬も見当たらず、スタートが決まった時点で、これならいけると確信しましたね」

 長距離輸送が待ち受けていた府中牝馬Sでも、引き続きふっくらしたスタイルを維持。2番手から抜け出し、改めて非凡な性能をアピールする。折り合いの危うさもすっかり解消。エリザベス女王杯でも強靭な先行力を遺憾なく発揮した。懸命に粘り、アドマイヤグルーヴの2着に踏みとどまる。

 左前の繋靭帯炎を発症しながら、まっすぐな魂は失われていなかった。久々となった5歳時の府中牝馬Sを3着。エリザベス女王杯も果敢に逃げ、スイープトウショウの2着に食い下がった。有馬記念(15着)、京都牝馬S(8着)と戦ったところで、引退が決まった。

「母になっても、ハルカはいい仔を産んでくれました。ホッコーオウカの遺伝子なのか、やはりくせの強さに悩まされたとはいえ、孝行息子にオースミイチバンがいます。兵庫チャンピオンシップやダイオライト記念を勝ったときは、しんみり喜びを噛み締めましたよ。スタートでトモを落とす致命的な不利があったユニコーンS(2着)でも、叔父のオースミグラスワン(新潟大賞典2回)が追い込んでくる姿が重なり、目頭が熱くなりました。オースミラナキラ(4勝)も忘れられない一頭。持ち前の末脚は、常識を超えるものがありましたよ」

 遥かなる血のドラマは、未来に向けて継続中。孫世代からも、個性的な大物が登場するに違いない。