サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

オウケンサクラ

【2010年 フラワーカップ】鮮やかに開花した早咲きの桜

 競走馬名に桜花賞への夢を託された逸材が、みごとにクラシックへの切符を手にした2010年フラワーC。鮮やかに才能を開花させたのはオウケンサクラだった。好スタートを決め、3番手のインでぴったり折り合うと、余力十分に直線へ。力強く抜け出した。

 父は凱旋門賞やパリ大賞典など、G1を5勝したバゴ(その父は2000ギニーとダービーを制し、ニジンスキー以来となる英クラシック2冠に輝いたナシュワン)。同馬はクロノジェネシス(秋華賞、宝塚記念2回、有馬記念)に先駆けて登場したファーストクロップの代表格であり、同期にビッグウィーク(菊花賞)らもいる。

 マーメイドSや朝日チャレンジCを制したランフォザドリーム(その父リアルシャダイ)が母。函館2歳Sを制したフィーユドゥレーは同馬の半姉にあたる。祖母のミルフォードスルー(その父スルーザドラゴン)は函館3歳Sやシンザン記念の勝ち馬であり、近親には牝ながら南関東の3冠馬になったロジータも名を連ねる。サンデーサイレンス系が全盛のなか、亜流ともいえる貴重な血であり、非社台グループ系(生産は新冠の高瀬牧場)なのも異彩を放つ。

「牝が走る優秀なファミリー。トレセンに入る前は門別の白井牧場で働いていたのですが、〝スピードキヨフジ一族〟を育成したことがあって、愛着はひと際でした。G1制覇はこの血統の悲願なんです。そんな思いも背負って戦えたのが幸せでした」
 こう話すのは、並々ならぬ情熱を注いだ棚江浩治調教助手(音無秀孝厩舎)。出会った当初より、初めて味わう大物の予感に胸を躍らせていた。

「育成先の吉澤ステーブルでもしっかり乗り込まれ、手元にやってきました。大人びた雰囲気で、完成度は高かった。やや硬い感じのフットワーク。サンデー系のようなしなやかさは伝わってきません。だから、実戦でもすぱっとは切れない。ただ、距離や相手にかかわらず、3歳春まで着を外さなかったように、確実に長く脚を使います。重厚な安定感があり、大舞台向きの底力が伝わってきました。いろいろ苦しい経験も積んでいますので、とても我慢強いですし」

 なぜか不運に付きまとわれ、念願のタイトルを手にするまでには様々なドラマがあった。2歳11月の京都で迎えたデビュー戦(芝2000m)は、内で包まれて追い出しが遅れ、無念の4着。続く阪神の芝2000m(3着)では、ゲートを潜ろうとし、福永祐一騎手を振り落とすアクシデント。騎手変更(村田一誠騎手へ)のうえ、外枠発走となった。

 3戦目(京都の芝1800m)を楽々と差し切ったものの、エルフィンSはフレグモーネにより回避。実質2本の追い切りでクイーンCに向かったが、除外されてしまう。急遽、同週のこぶし賞へ。なんとかクビ差で凌ぎ切っている。

「そんな負の波動でさえ、くるっとコインを裏返し、正にひところがり。牝馬とは思えないほどタフで、飼い葉をもりもり食べますからね。跨ると瞬時にやる気を出し、勝負根性がすごい。注射が嫌いで、頑固に自己主張する一面も。でも、普段はのんびりしていて、人に触られるのが大好き。とても従順なんですよ」

 チューリップ賞は、後方の位置取りが響いて4着に終わった。これで闘志が燃え尽きても不思議がないのだが、厳しい状況でも崩れないのが立派なところ。中1週を2回も続け、さらに初の長距離輸送を経ても、フラワーCはプラス4キロの体重で臨んでいる。

 大目標の桜花賞(2着)も懸命に逃げ粘り、牝馬3冠を達成するアパパネと半馬身差。オークスでは追い込み策に転じて5着に食い込んだ。

「オークスのころからは、馬が自信を付けたのか、よりはっきりと好き嫌いを訴えるようになりましたね。相変わらず自らすり寄ってくる反面、治療やブラシは徹底的に拒絶。この馬って、レスリングの吉田沙保里選手みたいだと思っていましたし、あのくらいまっすぐに強くなるって信じていたのですが、だんだん魔性の女に見えることが多くなりました」

 ローズS(8着)、秋華賞(11着)と不完全燃焼。ますますパワーアップしていても、レースの前半からハミを噛む傾向が顕著になっていく。あえて間隔を詰め、天皇賞・秋を4着したのが最後の輝きだった。

 条件を替えても勝利には手が届かず、6歳2月の洛陽S(6着)を走り終え、繁殖入りすることとなった。いまのところJRAで勝利を収めた産駒に恵まれていないが、いずれ母としても花を咲かせるときがやってくると信じている。