サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

オールザットジャズ

【2012年 福島牝馬ステークス】復興を後押しした心躍る旋律

 東日本大震災によって多大な被害を受けた福島競馬場。翌年の4月、「福島復興祈念競馬」として1年半ぶりに開催が行われた。再開後、初となった重賞が福島牝馬S。「イッツ・ショー・タイム」(さあ、ショーの始まりだ)と、映画「オールザットジャズ」の有名なフレーズを口にしたくなるような気分のなか、華やかに展開されたのは、オールザットジャズの魅力的なパフォーマンスだった。

 楽な手応えで中団を追走。4コーナー手前から進出し、満を持して抜け出した。後続を寄せ付けずにゴールへ。1番人気(単勝3・0倍)にふさわしい完勝である。手綱を取った藤岡佑介騎手は、こう晴れやかな笑顔を浮かべた。

「この馬で復興競馬を盛り上げたかった。ここで誕生したスターをもっと大舞台でも活躍させ、福島のみなさんに元気を与えられたら」
 父はタニノギムレット。代表産駒には角居勝彦厩舎の先輩にあたり、ジャパンカップ、ダービーをはじめ7つのG1を制したウオッカがいる。母ダイヤモンドピサ(その父サンデーサイレンス、1勝)は、アイルランド1000ギニーを制したフーラエインジェルの半妹。同馬の兄妹にピサライコネン(3勝)、ピサノベッテル(3勝)がいる。調教に携わった清山宏明調教助手は、この血統ならではの乗り味に惚れ込んでいた。

「しなやかな筋肉や体を大きく使える特徴は、走る父の仔に共通するものですね。入厩当初より動きは軽く、バネが利いた走りをしていました」

 2歳の12月に入厩し、ゲート試験をパス。いったん放牧を挟んでリフレッシュされたうえ、4月の阪神、芝1600m(4着)で競馬場に初登場する。2戦目の京都、芝1800mを順当に初勝利。2か月半の休養を経て、夏場に3戦を消化した。出遅れながらも2着を2回続けたタイミングで、さらに間隔を開けて成長を促す。

「牝らしく繊細。カリカリしがちな精神面が悪いほうへ向かないよう、慎重に態勢を整えましたよ。基本的な調教方針はずっと同じ。それでも、想像以上の奥深さを秘めていたんです」

 大切に手順を踏んだ成果が表れ、3歳秋になって勢いに乗る。巻特別を2馬身差の快勝。エリザベス女王杯(最後方から末脚勝負に徹して15着)に格上挑戦した後、一気の連勝でオープンに登り詰めた。

「G1の舞台を踏んだことで、馬が自信をつけたのでしょう。境港特別ではいいポジションを取れ、きちんと折り合って瞬発力を発揮。直線で苦しいところに入った飛鳥Sでも、一瞬にして馬群を割ってくれました。いろいろ経験を積んだことがプラスに働き、レースへの対応力を高めましたね」

 目が覚めるような伸び脚を発揮し、半馬身差の2着まで迫った中山牝馬S。スタート後に挟まれる不利がなければと惜しまれる内容である。同レースからコンビを組んだ藤岡佑介騎手にとって、次のターゲットに定められた福島牝馬Sは必勝を期す一戦と位置付けられていた。

 4歳時のエリザベス女王杯(5着)ではいったん先頭に立つなど、見せ場は十分にありながらも7連敗を喫していた同馬が、再び輝きを取り戻したのが翌年の福島牝馬S。クリスチャン・デムーロ騎手を背に狭いインをこじ開け、接戦を制する。以降の6戦、勝利の女神は微笑まなかったものの、ラストランとなった愛知杯でも不向きな流れを跳ね除けて4着に追い込み、確かな性能を再認識させた。

 心躍るメロディーの余韻を残しながら、繁殖入りしたオールザットジャズ。いまのところJRAで勝ち上がった産駒はアナザーラブソング(2勝)、ディモールト(3勝、3勝、地方4勝)のみだが、まだまだショータイムは継続中。スタンディングオベーションに包まれる逸材の登場を待っている。